藤原定家『明月記』にみる後鳥羽院の姿 その2(建仁2年~元久元年)

 
 
 (甚之助蔵 『明月記研究』明月記研究会編)

  ・その1 建久3年~建仁元年(第1巻)
  ・その2 建仁2年~元久元年(第1巻)
  ・その3 元久2年~建永元年(第1巻)
  ・その4 承元元年~承元2年(第2巻)
  ・その5 建暦元年~建暦2年(第2巻)
  ・その6 建保元年~嘉禄2年(第2巻)
  ・その7 安貞元年~文暦元年(第3巻)

目次

    ●藤原定家『明月記』にみる後鳥羽院の姿 その2(建仁2年~元久元年)
     建仁2年
     建仁3年
     元久元年

建仁2年

1月
1日≪院≫ 節会、拝礼。定家、遅参の由を存ずる
4日≪院≫ 水無瀬へ御幸
5日    御鞠始め。最勝寺にて蹴鞠の戯
6日≪院≫ 七条院御所へ御幸
7日    白馬節会
8日    法勝寺修正に臨幸
※9日 神馬を17社に献じ給う(『百錬抄』)
12日    法勝寺御幸
13日≪院≫ 和歌所和歌御会
15日≪院≫ 向殿に御幸
16日≪院≫ 向殿において勝負事あり。踏歌節会
18日≪院≫
19日≪院≫
23日≪院≫
24日≪院≫
27日≪院≫ 尊勝陀羅尼供養

2月
1日≪院≫
3日≪院≫ 六条殿の若宮、渡りおはしますべし
10日≪院≫ 和歌所影供歌合
14日    鳥羽殿より水無瀬へ御幸
16日    猿楽を御覧ず
17日    片野の方に御幸、あるいは播磨の方とも

3月
3日≪院≫ 鶏合せ
9日≪院≫ 長講堂御八講。水無瀬へ御幸
22日≪院≫ 三躰和歌御会
24日    鳥羽殿にて競馬
26日≪上皇≫ 御所にて歌舞、競馬。石清水八幡御幸
28日≪院≫ 賀茂社に御幸

4月
1日≪院≫
2日≪院≫ 明日、御方違御幸
4日≪院≫
7日    水無瀬へ御幸
16日≪院≫ 四条隆衡へ牛馬を授く
19日≪院、仙洞≫
20日≪院≫
22日≪院≫
23日    賀茂祭
28日≪上皇≫ 宣揚門院へ御幸、若宮(雅成親王<六条宮>)御魚味の儀

5月
2日≪院≫ 鳥羽殿へ御幸
10日    日吉に御幸。新日吉小五月会
11日≪院≫ 城南寺御幸。夜、日吉の御精進を始めらる。影供御歌合
12日
13日    最勝講
15日    南殿におはす
19日
21日
24日    釣殿から城南寺へ御幸
26日    仙洞影供歌合。(※二条殿臨時仁王会『猪隈関白記』)
28日    鳥羽殿より水無瀬御幸。水無瀬釣殿当座六首御歌合
30日    神泉苑に御幸

6月
1日    卜により還御中止
3日    歌題を出す
4日    還御の様子なし
5日    定家、院の『水無瀬釣殿当座六首歌合』の御製を賜り拝見す
11日    明日、御狩りに御幸
12日    大内に御幸
13日    還御
15日≪院≫ 定家、『水無瀬釣殿当座六首歌合』の定家詠と御製を番え勅判を付した一巻を賜る
18日    川上に御幸

7月
1日≪院≫ 川上に御幸
2日    定家に三代集より各五首選進を命ず
3日≪院≫ 法勝寺に御幸
4日≪院≫ 川上に御幸
5日    坊城殿に御幸
6日    鴨禰宜に御幸
7日≪院≫ 坊城殿に御幸
9日≪院≫ 鴨禰宜に御幸
10日    坊城殿に御幸
12日≪院≫ 川上に御幸
13日≪院≫ 坊城殿に御幸。俊成女を和歌堪能により召す
16日    水無瀬御幸
22日    宇治山に御狩
25日    還御。御悩にて向殿に渡御
27日≪上皇≫ 御薬を付けられる
28日≪上皇≫ 
29日≪院≫ 御幸および還御

8月
10日    歌合の歌題を出す。翌日新宮にて読み上げられる
11日    神泉苑に御幸
12日≪院≫ 坊城殿に御幸
18日≪院≫ 坊城殿に御幸
22日≪院≫ 鴨禰宜に御幸
23日≪院≫ 神泉苑に御幸
25日≪院≫ 神馬を10社に御製三十首を石清水宮に献じ給う
26日≪院≫ 一品宮(春華門院<昇子内親王>)、院御所に渡しめたまう。仁和寺二品・守覚法親王(後白河天皇第二皇子)薨ず。
29日≪院≫ 定家に十五首題を送る。翌日詠進

9月
10日 水無瀬御幸
13日 水無瀬釣殿恋十五首歌合
30日 還御

:明月記には建仁2年10月~12月の記事がほとんど残っていないため、参考までに諸々の史料に記載されている後鳥羽院の動向を付す。
10月
19日 京極殿造営成る。二条殿より移御(『百錬抄』『猪隈関白記』など)
20日 移御後はじめて三条院に御幸(『百錬抄』『猪隈関白記』など)
21日 近衛大将・源通親薨ず。(『源家長日記』『愚管抄』など)
24日 通親薨去により石清水および加茂御幸中止(『猪隈関白記』)
29日 京極殿より二条殿に還御(『猪隈関白記』)
30日 二条殿に御方違御幸(『猪隈関白記』)

閏10月
8日 新たに御願寺を建て給わんとす(『猪隈関白記』)
25日 水無瀬に御幸。明日また御幸(『猪隈関白記』『門葉記』)

11月
2日 水無瀬に御幸(『猪隈関白記』)
15日 大内に御方違御幸(『猪隈関白記』)
29日 熊野に御幸(『猪隈関白記』『愚管抄』)
   ※『明月記』建仁2年8月15日条にもこの御幸の予定が記載されている。
   「来タル壬(うるう)十月、御熊野詣ノ御共ヲ催サルト云々」

12月
1日 二条殿新殿焼失(『猪隈関白記』)
25日 慈円をして冥道供を修せしめたまう(『門葉記』)

建仁3年

1月
1日    拝礼
3日≪院≫ 四宮(雅成親王<六条宮>)御戴餅の儀
7日    白馬節会
8日    御斎会、後七日御修法、法勝寺修正に臨御、京極殿初度歌合の題の由
15日    京極殿初度歌合(定家は所労のため不参加)
20日≪院≫ ※三名(為家)、春宮(順徳)の御服を借り着袴を行う
29日    某所に御方違御幸

2月
2日≪院、上皇≫ 馬場殿に御幸
4日≪院≫ 和歌所、東弘御所南殿に移る
6日≪院≫ 馬場殿に御幸
11日≪院≫
13日≪院≫ ※九条良経の子・道家が宣秋門院九条殿にて元服
15日≪院≫
17日≪院≫ 御所で尊星王結願、普賢延命法結願仏事を行う
20日≪院≫
22日≪院≫ 尊勝陀羅尼供養
23日≪院≫ 和歌所歌合、勧盃
25日≪院≫ 大内花見御幸当座歌会
27日≪院≫
28日≪院≫
29日≪院≫

3月
1日≪院≫ 定家と共に参じた三名(為家)に御製を賜う
3日≪院≫
4日≪院≫ 熊野御幸の準備
10日    熊野御幸
11日≪院≫ 明後日、一品宮(春華門院<昇子内親王>)入洛に伴い、院・八条院で催しある由
12日    夜、大内に御幸

4月
11日    熊野より還御
24日    安井殿に御幸
25日≪院≫ 臨時除目と云々
29日≪院≫

5月
10日    水無瀬に御幸
12日    遊女に衣を賜う
13日    水無瀬釣殿当座六首歌合14日
15日    最勝講
18日≪上皇≫ 京を御出
21日    片野に御幸
25日≪上皇≫ 還御
26日≪院≫ 神泉苑に御幸
27日    法勝寺に御幸。八万四千基の塔を供養、大赦
28日≪院≫ 神泉苑ならびに河上に御幸
29日≪院≫

6月
8日≪上皇≫ 二条殿に御幸
10日     影供歌合の題の由
12日     大内に御幸
15日     影供歌合延引
16日     和歌所影供歌合、勧盃
19日≪院≫ ※第四皇子(頼仁親王<冷泉宮>)、七条院と共に梶井法印の房・二条殿に幸し給う
20日≪院≫ 神泉苑に御幸
25日≪院≫

7月
9日    熊野に御幸
10日≪上皇≫ 昨晩遅くに出発
16日≪院≫ ※九条良経、春日社に詣ず
18日≪院≫
29日    夜、安井殿に御幸

8月
6日≪院≫ 10日頃水無瀬御幸の由。定家へ俊成九十賀屏風歌詠進すべき由
7日≪院≫ 延暦寺学徒・堂衆等闘争、院宣を下し制止
9日≪院≫ 藤原兼子、中山堂に曼荼羅供を修す。密に臨御
11日≪院≫
15日≪院≫ 和歌所御会
22日≪院≫ 水無瀬に御幸
24日≪院≫ 新たに御所を造らるべき地を御覧ず
25日≪上皇≫ 昨夜還御、再び水無瀬へ
27日     白拍子十余人を集め御覧ず
30日≪上皇≫ 還御

9月
 ※2日 比企能員の変
10日≪院≫ 俊成九十賀のこと評定
11日≪院≫
13日≪院≫
14日≪院≫ 春宮(順徳)陪膳の番、六角侍従に示す
15日    大内御幸
17日≪院≫ 仁王経結願始める
18日≪院≫ 
19日≪院≫ 還御
22日≪院≫ 還御
23日≪院≫ 神泉苑に御幸、十月中下旬の日時を勘うべき由
24日≪院≫ 仁王経結願、冬節方違により春宮(順徳)大内御幸、それに伴い院は五辻殿に御幸
27日≪院≫ 神泉苑に御幸
29日≪院≫ 故内府(源通親)の法事
30日≪院≫ 馬場殿に御幸

10月
1日≪院≫ 神泉苑に御幸
2日≪院≫ 大炊殿に御幸、蹴鞠
3日≪院≫ 神泉苑に御幸
4日≪院≫ 神泉苑に御幸
8日    明日、御狩
9日    大内に御幸
10日    片野に御幸
14日    御狩
16日    還御「巷説、官軍、延暦寺ノ堂衆ト合戦」
17日≪院≫ 官軍の利あらざる由
18日≪院≫ 神泉苑に御幸
19日≪院≫ 神泉苑に御幸
21日≪院≫ 神泉苑に御幸
22日≪院≫
24日≪院≫ 法勝寺大乗会
25日≪院≫
26日≪院≫ 延暦寺僧徒の騒乱により俊成九十賀を延引
27日≪院≫ 千日御講開白、某所へ御方違御幸
28日≪院≫
29日≪院≫

11月
1日≪院≫ 例の御幸
2日≪院≫ 大炊殿に御幸、蹴鞠を行う。7日に十二社へ奉幣、三社に御幸の由
5日≪院≫ 水無瀬に御幸
7日≪院≫ 馬場殿に御幸
9日    二條殿修理成る。大内御幸
11日    ※10日二條殿に移御(『百錬抄』)
13日≪院≫ 実直・経道を召し五節所の事を行うべき由。美濃の遊女ら二條殿に群がる
16日≪院≫ 豊明節会「金銀ノ過差、更ニ筆端ニ尽シ難シ」
17日≪院≫ 童を御覧ず
18日≪院≫ 三社御幸のため十二社に奉幣す
22日≪院≫ 明日、俊成九十賀を賜う
25日≪院≫ 東大寺八幡宮に奉幣
26日    宇治に御幸
27日≪院≫ 春日社に御幸
28日≪上皇≫ 僧の雑遊を見る
29日≪院≫ 東大寺総供養に臨御

12月
2日≪院≫ 二條殿焼失 ※馬場殿も焼失。院は春日殿昇子内親王は八条院に移る。
4日    宇治心臓御所に御幸
13日≪院≫ 御馬を御覧ず
14日≪院≫ 梶井御所に御幸。明日日吉御幸
15日≪上皇≫ 道法法親王、仁和寺観音堂にて伝法灌頂を法眼公深に授くに臨御
18日≪院≫ 神泉苑に御幸
19日≪院≫ 内裏仏名
22日≪院,上皇≫ 北野に御幸、競馬あり。院御所に放火あり(清実の娘・大進という院女房の上童が放火。22日に京極殿、23日に二條殿)。
24日≪院≫ 御仏供養。神泉苑に御幸
25日≪院≫ 春宮(守成親王<順徳>)御書始め。御仏名あり。
27日≪院≫ 宣秋門院仏名
29日≪院≫

元久元年

1月
1日≪院≫ 御薬を供す。拝礼
2日≪院≫ 若宮(雅成親王<六条宮>)御戴餅ノ儀
5日≪院≫ 八條殿に御幸
7日≪院≫ 白馬節会
9日≪院≫ 六条殿御幸。四ノ宮(雅成親王<六条宮>)親王と成す、御着袴ノ儀に臨御
11日≪院≫
12日≪院≫ 法勝寺に御幸
13日≪院≫
18日≪上皇≫ 水無瀬に御幸。競馬あり ※行願寺に御幸(『百錬抄』)
20日
26日    還御の由聞くも還御なし
27日≪水無瀬殿≫
30日    片野に御狩

2月
3日≪水無瀬殿≫
8日≪院≫ 宇治平等院にて御祈あり。大熾盛光法始めらる
10日≪上皇≫ 還御。某所に御幸
12日≪院≫ ※行願寺に御幸(『百錬抄』)
16日≪院≫ 「例ノ出デオハシマシ訖リテ」 ※道法法親王をして仁王法経を京極殿に修む(『百錬抄』)
20日≪院≫ 『元久』と改元。大赦を行う
23日≪院≫ 仁王経法結願。仁和寺、水無瀬に御幸
27日≪院≫ ※八条院姫君(以仁王の娘)薨ず
28日≪院≫

3月
1日≪院≫ 御燈を停む
3日≪院≫ 馬場殿に御幸
6日≪院≫ 尊勝陀羅尼供養
7日    ※今宮(雅成親王<六条宮>)御幸始め
9日    ※長講堂御八講に臨御(『法然上人行状絵図』)
10日≪院≫ 昨日、御悩「御喉頗ル痛ミオハシマス」
13日≪院≫ 三方に布施
21日≪院≫
22日≪院≫ 馬場殿に御幸。 ※大聖院に伝法輪法を修す。御所に如法金倫法を修せしめ、伊勢平氏の追討を祈る(『仁和寺御伝』『門葉記』など)
26日≪院≫
27日≪院≫
29日≪院≫ 御修法結願

4月
2日    寛成親王(尊快入道親王)ご誕生
4日≪院≫
5日≪院≫ 6日に灌仏会ある由
9日≪院≫
11日≪院≫ 最勝寺にて御鞠の戯
12日≪院≫ 除目ある
14日≪院≫
16日≪院≫ 加茂祭。殿下(良経)、院の御桟敷に参ず
17日    若宮(雅成親王<六条宮>)御行始め
19日≪院≫ 某所に御幸
21日≪院≫ 神泉苑に御幸
23日≪院≫ 鳥羽に御幸
26日≪鳥羽殿≫ 「毎事、例ノ如シ」

5月
 注:本来『鳥羽殿』は後鳥羽院を指すものではないが、ここではその動向を知るという目的で敢えてこの表記とする。
1日≪鳥羽殿≫ 明日御狩
5日≪鳥羽殿≫ 乱舞遊宴ある
22日≪鳥羽殿≫
23日≪鳥羽殿≫
25日≪鳥羽殿≫ 水無瀬に御方違御幸。明日還御
29日≪鳥羽殿≫ 

6月
2日≪上皇≫ 萱御所に御幸。寛成親王(尊快入道親王)五十日ノ儀
4日≪鳥羽殿≫
7日≪鳥羽殿≫
8日≪鳥羽殿≫
9日≪院≫ 嬖童得王(法眼実快の子)・宮女を追放
11日≪鳥羽殿≫
13日    大内御幸。※吉水房での慈円の十種供養に臨御(『仲資王記』『門葉記』)
16日≪鳥羽殿≫ 孔雀経読経。一日読経し藤原重子(順徳・六条宮・尊快入道親王の母)の病を祈祷す
18日≪鳥羽殿≫
20日≪院≫
23日≪院≫ 皇女・礼子を内親王へ(加茂斎院)。肅子内親王とともに三宮に准ず
26日≪院≫ 「御不例事ノ外ニ御重アリ」
27日≪院≫ 「御悩、事ノ外ニ重クオハシマス」
29日「今日頗ル宜シクオハシマス」

7月
1日≪院≫
11日    宇治離宮に御幸
12日≪院≫ 御狩り
13日≪院≫ 御狩り。定家、平等院の宝物を見る
14日≪院≫ 水練のため川上に御幸。平等院の前庭を渡る
15日≪院≫ 平等院の宝物を見る
16日≪院≫ 宇治御幸歌合
17日≪院≫ 寛成親王(尊快入道親王)百日ノ儀
  ※29日 朝仁親王<道覚入道親王>御誕生(『華頂要略』)

8月
5日≪上皇≫ 還御
6日    賀茂川上に御幸
7日≪院≫ 撰歌分類の沙汰「昨日催スモ皆病ヲ称シ参ゼズ」
8日≪院≫ 五辻の新御所に移御
15日≪院≫ 五辻殿初度十五夜歌合。石清水放会
16日    川上に御幸
17日≪院≫
22日    院御点数を定家が誹ったと家長による讒言、気色不快の由
23日≪主上≫ 大納言・藤原公房を伊勢に遣わし大神宮に奉幣
24日≪院≫
29日≪院≫ 杲云(延暦寺堂衆)と法眼某(藤原兼子狎僧)を遠流

9月
16日≪院≫ 良経より馬3頭、小袖50重ね奉じられる
17日≪院≫ 熊野に御幸

10月
6日≪上皇≫ 還御
15日≪上皇≫ 藤原兼子の中山堂(安楽心院)供養。七條院に御幸
19日≪上皇≫ 寵妃・尾張局逝去。水無瀬に御幸

11月
2日≪院≫ 昨日還御
3日≪主上,上皇≫ 石清水に御幸、儀衛を御覧
5日≪院≫
6日≪院≫
7日    神泉苑に御幸
8日≪主上≫ 安井殿に御幸
9日≪院≫ 部類歌に御製を切り入れられる
10日≪院≫ 春日社歌合
11日≪院≫ 昇子内親王、院御所へ渡る
13日≪主上≫ 賀茂に御幸、儀衛を御覧
23日≪院≫ 童を御覧ず
25日≪院≫
※30日 藤原俊成、没す(『源家長日記』など)

12月
※1日 俊成卿、葬送
10日≪上皇≫ 藤原信清女、源実朝に嫁すため京出発、その儀衛を御覧
15日≪院≫
16日≪上皇≫ 院宣により鳥羽殿にて五節の御遊び

≪その3 元久2年~建永元年(第1巻)へ……≫

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