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【読書感想】道籏泰三編『中上健次短編集』

 
 中上健次短篇集
 道籏泰三 編

 出版社:岩波書店 (岩波文庫 緑230-1)
 発売日:2023/06/15

中上文学の道標

 戦後生まれで初の芥川賞作家。無頼でフーテンな生き様は、活躍した時代背景も相俟って今でも語り草となっている。そんな中上健次のデビューから晩年までの短編小説10編を収録している本書は、自身の豊富な人生経験を素材に紡がれた短編小説集である。ただし、中上健次の愛読者にとっては垂涎の一冊という感じなので、はじめてその作品に触れるという読者にとっては少しハードルが高いかもしれない。それでも中上の名作を集めていることに変わりはない。
 個人的に一読して、やはり中上文学において「兄の自死」は大きな契機でありテーマであると再認識した。強烈な破壊衝動や愛欲に沈む性の描写は村上龍の作品にも通じるところがあるが、村上龍のそれに比べてどこか日本に古くから根付いてきた因習、土着の精神的なものに対する複雑な反動のように感じられる。その反動は「兄の自死」という強烈な経験をきっかけに、衝動的で退廃的な暴力性として放出された、とそのように感じた。濃密で粘着質な文体の中にきらめく繊細さは、その残渣だったのではないだろうか?
 
 最後にこれはどこかで書いたかもしれないが、岩波文庫といえば「古典の宝庫」という印象がある。そこへ中上健次の作品集が収録されたということに、月日の経過と中上文学の普遍性を感じざるを得ない。

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