【2021改訂版】ブログの更新サボってうつ病と闘ってきた

 さて今から遡ること6,7年前、メインの方で『ブログの更新サボって鬱病と闘ってきた』(現在削除済み)という記事をアップした。
 公開当時はまだまだ頭もボンヤリという感じで、実際その後一年半にわたって更新も休止。その間、なんだかんだ寛解した。
 寛解後は再びいろんなことにチャレンジしてみたくなったりで、結果目まぐるしい毎日を送るなか、自分がうつ病だったこともそれに関する記事をアップしたことも忘れていた。

 しかし先日、メインの方で『【 鬱病 】経験者が語る! うつ病になるとできないこと5選!【 症状 】』という動画を紹介したおり、ふと当時のことをぼんやり思い返すに至った。
 実際問題、自分がうつ病になっていた時の記憶というのは極めて不鮮明だ。幸い日記をつけていたので、読み返すにつけて「あ~そんなことあったなぁ」と思い出せる程度。……いや、今となっては思い出したくもない日々である。
 そして当時の闘病生活を記した記事も、今となっては「なんであんなもん書いたんだろうな」と思う始末。多分、故・吾妻ひでお先生の『アル中病棟』どに感化されたんだろうけど、読み直してみたら案の定そうだったのでつくづく進歩していないなと自嘲してしまう。
 そもそも話しを盛ったりフェイク入れたり、大筋は外れていなくとも部分的に原型(日記に記載していた出来事)をとどめていないところが多々ある。
 で、上記リンクの動画に多少勇気づけられた(?)こともあって、

 「書き直してみるかな~」
 
 と思った次第。

 前回の元記事では時系列的にあったことや症状なんかを書いていましたが、今回は私の場合の症状とか、原因とか、治療経過とかを何点かに分けて書きたいと思います。
 また今回は、話しを盛ったりフェイクを入れる必要はないのですが、特定の個人や団体などに迷惑がかからないよう、そこら辺はボカしますのでご了承ください。
 
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 失踪日記2 アル中病棟

 

目次

     原因と経緯
     私の場合の症状と経過
     寛解からとその後
     まとめというか考察というか感想というか

 
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 うつを甘くみてました #拡散希望#双極性障害#受け入れる#人生

  

原因と経緯

 さてまず、私がうつ病を発症にするに至った経緯をば。
 前回の記事ではここにかなりの盛りとフェイクを入れていましたが、今回は単刀直入に書いていこうと思います。

 そもそもの原因ですが、ズバリ「職場での暴言・暴力」これに尽きます。

 ことあるごとに現在北海道で農家やってる旨を書いていますが、近年の農業界(私の知る限りですが)は後継者不足・担い手不足が深刻化し、耕作放棄地の問題やなんやら相俟って、複数件の農家が集まって法人化する例が多々ある。
 わが家もその例に漏れずそうした法人を組織していたのですが、まあなんやかんやあって東京から呼び戻され、そしてそこの上司にあたる人(私なんかよりはるかに年上)から「暴言・暴力」を受けていた、というワケです。
 大体の農業法人は近場の農家同士で組織される場合が多い(と思う)けれど、私のいたところも近所の農家数軒が集まって組織していた。
 しかし、近所だからといって私とその上司に元から交流があったわけではない。大人たちの付き合いと子どもたちの付き合いはまた別というか、両親とは昔から深く交流はあっても、大人と子どもでは互いに存在や顔は見知っているけど親しいわけではない。
 そんな中で農家仕事に従事し始めた。
 農家仕事をやること自体にはまったく抵抗はなく、むしろ自分の性には合っている。しかし人間関係となれば話しは別だ。

 これは私の個人的な問題点でもあるし、かなり身も蓋もないことになってしまうのだが、そもそも北海道に生まれ育っておきながら実は北海道の水が合わない。そして地元で話しが合う人が皆無。地元の人の考え方や価値観とまったく反りが合わない。
 子どもの頃からそうだったのである意味慣れていたことだし、大人になってからは適切に距離感を保てようにもなっていたのでさしたる問題ではない。
 
 
 
 問題はこうした前提を踏まえた上での、件の上司との関係性である。

 まずこの上司、ちょっと問題のある言葉かもしれないが、典型的な土方気質。会話の内容が基本的に下品。更に短気で、気にくわないことがあれば女子供容赦なく噛みつくという、DQN親父のテンプレよろしい性格。
 でこの上司の最大の問題点は、無類の酒好きで朝っぱらから飲んだくれているところだ。かねがね「酒入ってる方が調子イイ」と豪語している。
 朝から酒が入っているものだから、当然のように「スイッチON」状態。テンション高くてより高圧的。そして呂律が回っていないので何を言っているのか分からない。

 ……まあこのくらいは我慢できたにしろ、次第に我慢しきれないことも起こり始めた。
 会議は毎日あるが、その実は宴会そして説教&武勇伝発表会。内容は前日とほぼ一緒。ごく稀に変更orアップデートさる。説教に関しては理不尽極まりない内容。
 時折真面目な話しにもなるけど、当然お酒が入っているので当人は内容を覚えていない。結果、翌日には話しが変わっている。翌日はおろか、朝決めたことが夜には反対の内容になっていることもしばしば。そしてそれを理由に激怒された。

 そのほか気にくわないことがあれば容赦なくはけ口にされた。
 例えば、仮に朝の出がけに奥さんから小言を言われたことが原因だろうが、すべてこちらに返ってくる。
 そして夜になれば「帰ったらうるさいから」と強引に付き合わされる。
 早く帰って家族との時間を大切にしたいと思っても、「そんなこと知らん」の一言からの説教&武勇伝発表会という地獄のループ。無視して帰ろうものなら、その矛先は容赦なく家族へ向いた。

 そうこうするうち「暴言・暴行」の内容もエスカレート。
 電話口での罵詈雑言(当然なに言ってるか聞き取れない)、深夜の一人作業の強制、シャベルでの殴打(素手での殴打は日常茶飯事)などなど……思い出せばキリがない。これ以上は精神衛生上よろしくないのでこのくらいにしておこう。
 
 
 
 一方でそのころの私を取り巻く環境はどうだったかというと、まず唯一の話し相手であった元カミさんだが、本人はかなり浮世離れした性格(←そういうところが好きなんだが)なので相談しても「そういうのよくわかんない」と取り合ってもらえない。
 
 近隣住民に関しても「いつものことか」という反応。昔からの長い付き合いのためか、その上司の言動を特に問題視するわけでもなかった。
 
 かたや当時、身内の一人が社会的にそれなりの立場にいたのだが、どうやらかなり暴走していたらしく相当な顰蹙をかっていた。
 私自身、上京後はほとんど地元に戻っていないのでその詳細を知らないのだが、でもそんなことは関係ないらしく、戻ってきた当初より地元の人からかなりの不平不満を(なぜか私が)浴びせらた。
 案の定、四面楚歌よろしく誰も相手にしてくれない。それどころか、例の上司ともみんな昔からの付き合いがあるので、近隣住民同様特に問題視せず。もちろんその時の状況を知る由もないのだから仕方ないことだが。……
 
 

 そんな状態が数年続き、次第に朝目が覚めても身体を起こせないという状態に陥った。
 
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 それ、やってはいけない! ハラスメント大全

 

私の場合の症状と経過

 結局その後、病院でうつ病の診断を受け、一ヶ月後には入院。一度の転院を含め合計で9か月前後の入院生活を送った。
 入院前後で多少異なるが、私自身がうつ病となって自覚した症状を挙げれば、以下のようになる。
 

≪入院前≫
 ・眠れない
 ・意欲、感情の減退
 ・集中力、注意力が散漫になる
 ・味覚がなくなる
 ・入浴ができないなど日常生活に支障が出る
 ・突然胸が重苦しくなる

 ≪入院後≫
 ・感情のコントロールができなくなる
 ・突発的な自殺願望や自己否定的な妄想
 ・爪や髪が異常に早く伸びる
 ・性欲の減退
 ・過剰に甘いものが欲しくなる

 
 
 まず入院前から見ていきたい。
 入院前としているのは専門医にうつ病の診断を受ける前からあった自覚症状だ。

 【眠れない】一日中横になっていたとしても眠れなかった。常に神経が逆立っている感じと、後述の【突然胸が重苦しくなる】が重なった感じが四六時中続いていた。たまにウトウトするが、その後はやはり眠れなかった。

 【意欲、感情の減退】というのは字面そのまま、なにもやる気が起きなくなった。
 前節最後にも書いたが、朝目が覚めても身体が起こせないというのもその一つだ。もともと滞りがちだった本家羅列記事の更新だが、当時唯一の楽しみだったとはいえ、そこにもなにも感じなくなっていた。記事を更新しようとパソコンの電源を入れたまま、3,4日なにもせずそのままだったということもあった。

 【集中力、注意力が散漫になる】も同様。これをもっともテキメンに感じたのは、本を読んでいるときのこと。全く内容が頭に入ってこない。同じ行を何度も何度も繰り返し読むけれど、意味がとれない。これは入院後、薬を飲むようになって次第に改善されたが、個人的にはとても不思議な感じがした。昔のマンガなどで風刺的に描かれていた「食事するガイコツ」というイメージが近いだろうか? 食べても食べても骨の隙間から料理が零れ落ちてしまう、そんな感じで読んでも読んでも文字だけが頭の中を通り抜けていく感じである。

 【味覚がなくなる】この症状は、入院前一番キツかったかもしれない。風邪や鼻づまりで味覚が落ちたりしたのとは雲泥の差。とにかく何を食べても”砂を噛んでいる”ような味しかしないので、もともと減退していた食欲もまったくなくなってしまい、なにも食べられない日々が続いた。

 【入浴ができないなど日常生活に支障が出る】入浴はもちろん着替えや歯磨きなどさえままならなかった。多分お風呂には、日記上で確認できるだけでも2か月近く入っていなかった。

 【突然胸が重苦しくなる】これは朝起き上がれなくなる以前より少しずつ感じていたものでもある。「不安に押しつぶされそうになる」という言葉があるけれど、ニュアンスとしてかなり近いものがある。ただその押しつぶされ具合というのが、本当に胸が潰されるのではというくらいに重圧感だった。先の【意欲、感情の減退】とも相俟って、都度ネガティブな方向へ思考が動き、「負のスパイラル」よろしく落ち込みが加速度的に進んだ。
 
 
 
 一方入院後なのだが、(ほぼ強制的な)規則正しい生活と処方薬のおかげもあって、それまでに見られた自覚症状は次第に改善された一方で、新たな症状を自覚するようになった。
 その第一が【感情のコントロールができなくなる】ことだった。
 薬のおかげで極度に落ち込むようなことはなくなったとはいえ、そもそも上がることもなかったので最初の頃はとにかくなんの感情の上がり下がりもなかった。
 しかし、次第に上向きな感情の動きが出てくると途端にコントロールができなくなった。
 理性的に考えることを忘れてしまったかのように、上がった時も下がった時も歯止めが効かない感じ。

 そしてそれはだんだん感情面だけではなく、いろんな感覚に波及していった印象がある。たとえば聴覚が過度に敏感になったり、平衡感覚にも支障があった。
 生活面では、私の場合金銭感覚がよく分からないことになって、当時はもちろん財布なんて没収されていたが、たまに必要なものを買うのにお小遣いをもらったはいいけどなにかよくわからないものを買ったりしたということがあった(例えばだが、入浴時に使う石鹸を買わなければならないのに靴の中敷きを買った、みたいな状態)。

 そしてこの一番の問題点は、当該の言動を自分でしているのに、何をしているのか頭ではまったく分かっていないという状態に陥っていたことだ。
 理解が追い付かないとか、そういうレベルではない。
 今当時の日記を読み直しても「なんでこんなことしたんだか」と呆れることばかり。
 先にも書いた通り、理性の部分がすっかり抜け落ちてしまった状態だった。

 【突発的な自殺願望や自己否定的な妄想】も厄介だった。前者については、最初に入院したところで何度か首を吊ろうとしたことがあったらしい(←まったく記憶にない!)。
 これは上記の症状から出たものなのだろうが、少し感情が上向きになると途端になんでもできるような気分になってしまい、「よしやってみよう!」的な感じでそうした行動を起こすことがあるらしい。私の場合、それがモロ当てはまったようだ。
 ホント、当時の関係者の皆様にはご迷惑とご心配をおかけしました。ゴメンナサイ。

 後者に関しては、入院前の【突然胸が重苦しくなる】状態から落ち込みや胸が潰される感覚が取り除かれたような状態だった。
 ネガティブな思考だけが残り、更に感情面をコントロールできないものだからよりエスカレートしていく。「消えてなくなりたい」「自分なんていなければいいんだ」という言葉が当時の日記にならんでいる。
 なにより、一日中寝ているのにお腹は空くので出てくる食事を食べるという、端から見れば至れり尽くせりの状態に罪悪感を覚え一層拍車がかかった感じがある。
 またこれは感情が安定もしくは上向きの時に否定的な言動を受けたりしたらもちろんだったが、肯定的な言葉をかけられても陥ったりした。

 【爪や髪が異常に早く伸びる】【性欲の減退】この二点は、入院期間も後半になって感情のコントロールもでき、理性的に物事を判断できるようになった頃になってやっと気が付いたことだ。爪や髪が驚くほど早く伸び、髪は基本的に伸ばし放題にしていたが、爪に関しては普段週に1回切るか切らないかくらいだったたけど、日記によれば入院初期の頃は週に2,3回切っていた。
 性欲云々に関しては入院前の【意欲、感情の減退】同様、基本的な欲求の衰退が原因だろう。

 【過剰に甘いものが欲しくなる】ことについては、失っていた味覚が復活した最初が「甘さ」だったこともあるが、だんだん頭がはっきりしてくるにつれて食欲も増し、病院食だけではすぐにお腹が空くようになってしまったこともあるだろう。結果退院時には結構太っていた(普段が痩せ気味なだけかもしれないが)。
 
 
 
 というのが私がうつ病を発症してから気づいた症状だ。
 細かく見ればまだいろいろあるが、そこは割愛する。またこうした症状は大枠はあれど、個人差が非常に大きい部分だと思う。
 
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 うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち

 
 で、こんな症状の中で過ごした入院生活だったが、最初に入院したところでは担当医師との反りが合わず、またいろいろコントロールが効かず問題を起こしたり起こされたりして退院・転院することになった。
 転院した先は大部屋ばかりのところで、正直プライバシーもなにもなかった(当時の時流を考えいろいろ工夫されていたが、建物の構造上無理があった)。
 しかし、そこで出会えた医師とは大変に相性がよく、実質的にそこで回復したようなものだった。

 最初に入ったところはかなり大きな病院で、担当してくれた医師も若い先生だった。しかし、なにかあればすぐに「禁止」。毎日面談を受けていたが、こちらが話すばかりで「そうですか」の一言以外なにもない。助言があるわけでもないし診療経過を説明してくれるわけでもなかった。もちろん聞いてもなにも返答はない。
 こうなると医師-患者間で信頼関係が築けるはずもない。いくら記憶が曖昧でも理性的な判断が出来なくても、そのくらいのことはわかるわけで、日を追うごとに不信感ばかり募った。

 一方、転院したところはそれほど大きな病院ではなかったが、とかく担当となった医師に恵まれた。中年の先生だったが、どの患者さんにも同じ目線で寄り添っている感じがとても好印象だった。
 その先生はとにかく私自身のことを第一に考え尊重してくれた。「(入院中タバコを吸いたくなったら)喫煙所でならバンバン吸っていいよ」とか「時間帯さえ守ってくれたらいくらでも散歩行っていいから」とか、そんな感じだった(余談ですが、最近禁煙しました)。
 かなりの患者数を抱えていた先生だったので面談は2週間に1回くらいだったが、その際も私の話しをじっくり時間をかけて聞いてくれた。またご自身の経験なども包み隠さず話してくれて、心の底から信頼を置けた。
 
 退院を控えたある日の面談の際、これからやっていけるのか自信が持てずにいた。その時受けたアドバイスは現在でも役立っている。
 ちなみにこの先生は現在東京の病院に移られているが、今でも交流を持っている。
 
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 ツレがうつになりまして。

 

寛解からとその後

 なんだかんだこのうつ病との付き合いの中で最大の修羅場が退院後にあるのだが、それはかなりプライベートなことだし本題から逸れるのでやっぱり割愛する。

 まあその修羅場によって再び慌ただしい日々が始まったとはいえ、実際にはまだまだ頭もボンヤリしていたと言わざるを得ない。
 以前友人らに当時のことを聞いてみたところ、「正直おかしかった」と言われたことがある。それもそうだ、今自分で思い返してみても、まだまだ実生活復帰に向けての助走期間だったと思う。そこへ修羅場というか怒涛の諸問題が立て続けにあって、その対応に慌ただしく立ち居まわっていたのだからそれも仕方ない。よくやったというか、やらざるを得なかったのだが。……

 閑話休題。

 それらがひと段落した頃、この前回記事を出した。そしてその後、1年半にわたって本家の方の更新も休むことにして、その間とにかく一度自分と向き直ろうした。
 結果的にそれが良くも悪くも功を奏したというか、先生曰く「目覚ましい回復」をし、退院から1年弱で寛解ということとなった。

 本家の更新を休んでいた頃は、とにかく「やりたい」と思ったことをやるようにしていた。
 これが退院前に先生から受けたアドバイスでもある。「”自信”なんて持たなくていい。その代わり”やりたい”と思ったことをやり始めるようにしてごらん」今でもこのアドバイスが生きている。
 この間に本家の内容刷新やサーバ移転、ここサブブログの構想なんかをしていた。もちろん他にもいろんなことをやっていく中で、私自身、だんだんと物事に積極的に取り組めるようになっていった。

 前節で上げた諸々の症状も同時期にはすっかり消えていたが、これには服薬以外にもやはり意識の問題や生活習慣なども関わってくるだろう。
 特に生活習慣には明確なルールやルーティンを取り入れるようになった。例えば、日記を書いたり瞑想したり、掃除の日課などがそれだ。
 そうしたものを取り入れると、やはり規則正しい行動ができるようになる。
 行動を変えれば次第に思考も変化する。
 今ではネガティブな状態になってもすぐに立て直すことができるようになった。

 服薬については現在していない。
 人にもよるのだろうが、予防的に飲み続けた方がいいという話しも聞く。
 しかし私の場合、退院当初から服薬しなくて大丈夫なくらいになろうという目標もあったので、寛解となった時から抗うつ剤等の薬は一切飲んでいない。
 ただ、先生からはいわゆる「オメガ3」を積極的に摂取するよう勧められていたので、DHAのサプリなどは飲んだりしている。まあもともと青魚大好きなので本当は必要ないかもしれないし、またサプリの問題性などもあるのは知っているが、おまじない的な気持ちで飲んでいる。
 
 そして今現在、冒頭でも書いた通り、かつて自分がうつ病で入院していたってことも忘れているくらいの状態にまでなっている。
 
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 サントリー DHA&EPA+セサミンEX 240粒

 

まとめというか考察というか感想というか

 私が今更いうのもなんですが「うつ病は立派な病気」です。ちゃんと治療しましょう。
 現在治療中という方は、とにかく無理せずゆっくり時間をかけて病気と付き合ってください。
 
 個人的に気がかりなのは、まだうつ病などの診断を受けておらず、病院にもかかっていない人たちのことだろうか?
 世間的に言われているうつ病の症状がある方、その中でも特に私のように職場や環境がその原因の人の場合、症状が悪化する前にそんなところからは「逃げてください」とまず伝えたい。
 そう、逃げ出してください。

 今になって思えばなぜ自分も逃げ出さなかったのか……。家族のこと、地元に戻った経緯や理由、逃げ出すことを許容しない状況・環境、いろんな事情があって全く心に余裕が持てなかったし、「逃げる」という選択肢さえ思い浮かばなかった。
 現在似たような渦中にある人にも、同様にさまざまな「逃げられない」理由や原因をもっていることと思う。
 でも、経験した者として「とにかく逃げて」と声を大きくして言いたい。

 もっとも逃げ出すことで、例えば「職を失って金銭的な問題が……」といった状況も予想されるだろう。
 あるいは「そんなことしたら信頼が……」などという言葉もあるだろう。
 
 ひとつ言えることは、動ける気力が少しでも残っていれば、それらの問題は「なんとかなる!」ということです。
 「先のことを心配してもどうしようもない」と言いたいのではなく、むしろ症状があるのならそれを悪化させない、そこに注視すべきだと言いたい。

 「それって自分がなんとかなったから言えるんじゃない?」とか言われそうだけど、その通りです。
 「自分は逃げ出せなかったのに人には言うんだ」って言われるかもしれないけど、ハイ言います。

 今だからこそやっとそう言えます。
 
 ツライことから、耐えられないことから、逃げることは悪いことじゃない。
 拗らせたらシンドイんです。
 拗らせる前にそんな状況から逃げ出して、余力があるうちに態勢を立て直すべきです。
 ゆっくり「心」を休める状況をなんとしても奪取すること、それが回復への近道かもしれません。

 

 ……とまあツラツラ長々書いてしまいましたが、以上が私のうつ病体験記です。
 あくまで私の経験談ですので、実際には発症原因も症状も回復経緯も人それぞれなので、参考にならない部分も多々あると思います。
 また当時の記憶も曖昧だしそもそも忘れていたこともあって、今回ヒョンなことから書くに至りましたが、正直あんな経験は二度としたくないというのが本心なので、もうこうやって振り返ることもないかと思います。
 
 最後に現状の報告。
 入院中、例の上司のいる組織を(当然?)解雇されていたのですが、退院後に別の農業法人が雇ってくれて今でもお世話になっています。……で時々、元いたの組織も手伝ったりはしているが、一定の距離感を保っている状況。
 寛解後、私なりにコツコツやってきたこと、また元いたところもゴタゴタ諸々あって、最近は「戻ってきてほしい」と人づてに言われたりしました。
 が、私としては本人の態度・言動が改まらない限り戻らないと突っぱねている。本人ものそこらへんは改めるつもりがないらしいから、もうどうしようないと思っています。
 水が合わない、価値観が合わない、もうこれは受け入れるしかない。
 合わないものはしょうがないから無理して合わさないこ……と、そう思えるだけになった今日この頃。
 
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 うつを治す努力をしてきたので、効果と難易度でマッピングしてみた

 

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