さて、サンスクリット語の文法を大雑把ですが一通り解説し終えたので、実際に読んで(リーディング)みようと思います。
まずはどんな感じで読んでいくかを把握するため、短めの文章で練習します。
……文法の解説とか言ってますが、月に一度程度の更新で、また長きにわたってしまいすみませんでした。
そしてそのうち文法用のまとめページを作ります。
本当はもっと他にもいろいろ書きたいこともあるのですが、どうにも更新頻度が上がらないのが目下の悩みでして。
あ、言い訳ですw
サンスクリット文献を(試しに)読んでみよう~目次~
-
・基本的な読み方・注意点
・インド文学
・仏教経典
・参考文献
基本的な読み方・注意点
サンスクリット語で書かれた文献の基本的な読み方は、
(デーヴァナーガリーをローマ字化≪ローマナイズ≫)
↓
連声解除
↓
各語を基本形に戻す
↓
文法解釈
↓
語義
という流れになります。
論文やレポートでサンスクリット語の文章が引用・掲載される際は、通常ローマナイズされた形で示されます。
これはサンスクリット語がデーヴァナーガリー以外の文字でも記載されることや、転記の間違えや出力の煩雑さを避けるためなどさまざまな理由がある。
しかしここでは、(なるべく)デーヴァナーガリーで本文を示してから、ローマナイズするという工程も入れようと思います。
せっかく文献を直接あたるので、そっちの方が雰囲気も出るかとw
以下、いくつか注意点。
・語根は“\(\sqrt{○}\)”で示される。
・動詞由来の形容詞などの語根は“<\(\sqrt{○}\)”とする。
・連声してつながった語は、解除後“\(_∪\)”でつなぐ。
・複合語は一般的に単語ごとに“-(ハイフン)”でつながれる。
・単語の途中で改行する場合、語根/語尾、接頭辞/語根など、語・辞の基本形を崩さないように注意する(手書きの場合)。
・訳出は基本的に直訳を心がけるが、補足する場合は( )を用いる。
・文法解釈中も同様だが人名などは〔 〕にて補足する。
まずインドの文学作品から読んでいこうと思います。
今回取り上げるのは『ナラ王物語』の冒頭部分です。この冒頭部分は、私もサンスクリットを学び始めた初歩に、ローマナイズや連声解除、音読練習・暗唱用によく使っていました。また文法書の中でもたびたび引用をされているので、サンスクリットを学ぶ中で頻繁に出くわす作品でもあります。
次に仏教経典から『法華経如来寿量品偈』の一部を取り上げます。日本で詠読される仏教経典、特に初期仏典などはサンスクリット語で書かれたものの漢訳がほとんどです。残念ながら、当時漢訳していた仏教僧は漢字に相当な自信をもっていたらしく、訳出後にサンスクリットで書かれた仏典を破棄したなどの理由で、原典が失われてしまったものも数多くあります。とはいえそれが後に、例えば大谷探検隊による発掘調査などで、砂に埋もれた旧都から発見されるというドラマが生み出すことにもなるのですが。……
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ナラ王物語 サンスクリット・テクスト、註解、語彙集、韻律考ほか |
図説 法華経大全 現代語訳総解説 |
インド文学
◎ナラ王物語について
『ナラ王物語(नलोपाख्यानं,Nalopākhyānaṃ)』は古代インドの大長編叙事詩『マハーバーラタ(महाभारतम् Mahābhārata)』に挿入されているエピソード(第3巻50~78章)。
ニシャダ国王ナラとその妃ダマヤンティーの、美しい愛の姿と数奇に満ちた運命を描いた物語です。
当時のインドの雰囲気がそのまま伝わってくるような描写に評価が高い。
『ナラ王物語』をはじめ、『マハーバーラタ』中のエピソードがひとつの物語作品として独立している例は多く、その中でもっとも有名なのが、ヒンドゥー教徒にとっての聖典といっても過言ではない『バガヴァット・ギータ―(श्रीमद्भगवद्गीता, Śrīmadbhagavadgītā)』です。
◎本文
◎ローマナイズ
āsīdrājā nalo nāma vīrasenasuto balī।
アーシードラージャー ナロー ナーマ ヴィーラセーナストー バリー
upapanno guṇairiṣṭai rūpavānaśvakovidaḥ॥1॥
ウパパンノー グナイリシュタイ ルーパヴァーナシュヴァコーヴィダハ
◎連声解除
āsīt\(_∪\)rājā nalas nāma vīrasena-sutas balī।
upapannas guṇais\(_∪\)iṣṭais rūpavānaśva-kovidas॥1॥
◎文法解釈
āsīt\(_∪\)rājā nalas nāma vīrasena-sutas balī।
●āsīt
\(\sqrt{as-}\)(2) Impf.Ⅲ.sg.P.“あった、いた”
(語根as- 第2類動詞 直接法過去 三人称 単数 パラスマイパダ)
●rājā
rājāt- m.sg.N.“王”
(男性 単数 主格)
●nalas
nala- m.sg.N.“ナラ〔人名〕”
(男性 単数 主格)
●nāma
nāman- n.sg.N.“(~という)名前”
(中性 単数 主格)
●vīrasena
vīrasena- m“ヴィーラセーナ〔人名〕”
●sutas
suta- m.sg.N.“(~の)息子”
(男性 単数 主格)
●balī
balin- adj.m.sg.N.“力強い”
(形容詞 男性 単数 主格)
訳:(昔、)ヴィーラセーナの息子でナラという名の力強い王がいた。
upapannas guṇais\(_∪\)iṣṭais rūpavānaśva-kovidas॥1॥
●upapannas
upa-\(\sqrt{pad-}\)(4) P.pt.m.sg.N.“取得する、所有する”
(接頭辞upa- 語根pad- 第4類動詞 過去受動分詞 男性 単数 主格)
●guṇais
guṇa- m.pl.Ins.“美徳、素晴らしいこと”
(男性 複数 具格)
●iṣṭais
iṣṭa-<\(\sqrt{iṣ-}\) adj.m.pl.Ins.“望む、欲する”
(iṣṭa<語根iṣ 形容詞 男性 複数 具格)
●rūpavān
rūpavat- adj.m.sg.N.“美貌の”
(形容詞 男性 単数 主格)
●aśva
aśva- m.“馬”
●kovidas
kovida- adj.m.sg.N.“巧みな、優れた”
(形容詞 男性 単数 主格)
訳:優れた徳を持ち、美貌で、馬(の扱い)に長けていた。
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ナラ王物語 ダマヤンティー姫の数奇な生涯 |
バガヴァッド・ギーター |
……とこのようになります。
記述の方法などは、これからの記事でリーディングする際に少しづつ改善していこうと思います。
また今回は初めてということで感覚をつかんでもらうために、ローマナイズに読み仮名を付けたり、文法解釈で各略字の意味も付しました。
ではつづいて次の仏典の方を見てみましょう。
仏教経典
◎『法華経』について
「南無妙法蓮華経」の題目にも出てくる『法華経』は正式には『妙法蓮華経(सद्धर्मपुण्डरीक सूत्र, Saddharma Puṇḍarīka Sūtra)』といいます。
「正しい教えである白蓮の花の経典」という意味の初期大乗仏教経典で、日本にも聖徳太子の時代、仏教伝来とともにもたらされたとされています。
おびただしい大乗仏典の中でも特に重要視され、日本仏教でもこの『法華経』を重んじる宗派は多い。その理由としては、この経典が誰しもが平等に成仏できるという仏教思想の原点を説いている点にあると思います。
また、鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』観世音菩薩普門品第二十五は、『観音経』として独立した形でも詠読されます。
◎本文
◎ローマナイズ
acintiyā kalpasahasrakoṭyo yāsāṃ pramāṇaṃ na kadāci vidyate।
prāptā mayā eṣa tadāgrabodhirdharmaṃ ca deśemyahu nityakālam॥1॥
samādapemī bahubodhisattvān bauddhasmi jñānasmi sthapemi caiva।
sattvāna koṭīnayutānanekān paripācayāmī bahukalpakoṭyaḥ॥2॥
◎連声解除
acintiyās kalpa-sahasra-koṭyas yāsāṃ pramāṇaṃ na kadācit vidyate।
prāptā mayā eṣa tadā\(_∪\)agra-bodhis\(_∪\)dharmam ca deśemi\(_∪\)ahu nitya-kālam॥1॥
samādapemī bahu-bodhisattvān bauddhasmi jñānasmi sthapemi ca\(_∪\)eva।
sattvāna koṭī-nayutān anekān paripācayāmī bahu-kalpa-koṭyas॥2॥
◎文法解釈
acintiyās kalpa-sahasra-koṭyas yāsāṃ pramāṇaṃ na kadācit vidyate।
●acintiyās
acintiyā<a-\(\sqrt{cint-}\) adj.f.pl.N.“考える、思う”
●kalpa
kalpa- m.“カルパ〔単位:漢字では「劫」〕”
●sahasra
sahasra- num. “1000”
(数詞)
●koṭyas
koṭi- num.f.pl.N.“1000万”
●yāsāṃ
yad- pron.f.pl.G.“その”
●pramāṇaṃ
pramāṇa- n.sg.N.“大きさ、尺度”
●na
adv. “~ない”
(副詞)
●kadācit
adv.“決して”
●vidyate
\(\sqrt{vid-}\)(6) Pres.pt.Pass.Ⅲ.sg.A.“知られる”
(現在受動分詞 3人称 単数 アートマネーパダ)
訳:その長さを決して知ることも考えることもできない数百憶カルパ(の以前)
→この行全体が次の行の述語となっている。
prāptā mayā eṣa tadā\(_∪\)agra-bodhis\(_∪\)dharmam ca deśemi\(_∪\)ahu nitya-kālam॥1॥
●prāptā
pra-\(\sqrt{āp-}\) P.pt.f.sg.N.“得られた”
●mayā
mad- pron.sg.Ins.“私により”
●eṣa
etad- pron.f.sg.N.“これ、この”
●tadā
tadā- adv.“その時”
●agra-
agra- n.“はじめの、最初の”
●bodhis
bodhi- f.sg.N.“悟り、目覚め”
●dharmam
dharma- m.sg.Ac.“法、教え”
(男性 単数 対格)
●ca
conj. “そして”
(接続詞)
●deśemi
deśayāmi-<\(\sqrt{diś-}\) caus.pres.Ⅰ.sg.P.“指示する、示す”
(使役動詞 1人称 単数 パラスマイパダ)
●ahu
mad- pron.sg.N.“私は”
●nitya
nitya- adj.“永遠に、いつも”
●kālam
kāla- m.sg.Ac.“時間”
訳:この第一の悟りを私が得たのは(……数百憶カルパの)以前である。そして私はずっと教えを示している。
上記2行で鳩摩羅什訳では「自我得佛來 所經諸劫數 無量百千万 億載阿僧祇」となっている。
samādapemī bahu-bodhisattvān bauddhasmi jñānasmi sthapemi ca\(_∪\)eva।
●samādapemī
samādāpayāmī<sam-ā-\(\sqrt{dā-}\) caus.pres.Ⅰ.sg.P.“与える、教える”
●bahu
bahu- adj.“多くの”
●bodhisattvān
bodhisattva- m.pl.Ac.“菩薩たち”
●bauddhasmi
bodhau- f.sg.L.“悟りにおいて”
(女性 単数 処格)
asmi-<\(\sqrt{as-}\)pres.Ⅰ.sg.“ある”
●jñānasmi
jñāna- n.sg.L.“智慧において”
●sthapemi
sthāpayati-<\(\sqrt{sthā-}\)caus.pres.Ⅰ.sg.P.“確立する”
●ca
conj.“そして”
●eva
adv.“まさに”
訳:私は多くの菩薩たちを教え、そしてまさに悟りの知恵に立たせた。
sattvāna koṭī-nayutān anekān paripācayāmī bahu-kalpa-koṭyas॥2॥
●sattvāna
sattva- m.pl.G.“衆生”
(男性 複数 属格)
●koṭī
koṭī- num.f.“1000万”
●nayutān
nayuta- adj.m.sg.Ac.“ナユタ(数の多いこと。漢字では「那由多」)”
●anekān
aneka- adj.m.pl.Ac.“多くの”
●paripācayāmī
pari-\(\sqrt{pac-}\) caus.pres.Ⅰ.sg.“調理する”
●bahu
bahu- adj.“多くの”
●kalpa
kalpa- m.“カルパ”
●koṭyas
koṭī- num.f.pl.N.“1000万”
訳:幾千万カルパもの間、何千万という人々を私は成熟させた。
上記2行は鳩摩羅什訳で「常説法教化 無數億衆生 令入於佛道 爾來無量劫」となっている。
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以上、サンスクリットの文献を実際に読んでみました。
サンスクリットに限らず、他言語の文献を初めて読むときは、いくら文法をきっちり覚えていてもとまどうものです。
逆に文法学習が不十分でも、実際の文献にあたっているうちに次第に身についてしまったりします。「習うより慣れよ」の例そのままです。
これからちょいちょいサンスクリット文献の記事も挙げていこうと考えているので、少しづつコツコツと読んでいきましょう。
参考文献
・鎧淳 編『ナラ王物語―サンスクリット・テクスト』春秋社 2003
・鎧淳 訳『マハーバーラタ ナラ王物語―ダマヤンティー姫の数奇な生涯(岩波文庫)』岩波書店 1989
・NALINAKSHA DUTT『Saddharmapuṇḍarīkasūtra』Calcutta Oriental Press 1953
・坂本幸男 岩本裕 訳『法華経〈下〉(岩浪文庫)』岩波書店 1976