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【読書感想】『ラ・ロシュフコー箴言集』(岩波文庫 ほか)

 

ラ・ロシュフコー箴言集【岩波文庫 赤510-1】

●新訳 ラ・ロシュフコー 賢者の言葉 世界一辛辣で毒気のある人生訓
●運と気まぐれに支配される人たち―ラ・ロシュフコー箴言集 (角川文庫)
●箴言集 (講談社学術文庫)
 
 
 ロシュフコー(François VI, duc de La Rochefoucauld, 1613~1680)は17世紀フランスの上級貴族にしてモラリスト文学者。
 当時のフランス貴族はさまざまな戦いに参戦しており、彼もまたその中の一人だった。

 後年、ロシュフコーがそれまで培ってきた人生訓を「考察あるいは教訓的格言・箴言(Réflexions ou Sentences et Maximes morales)」としてまとめたのが本書である。単に「箴言集」「格言集」とも呼ばれている。

 死後に第6版が刊行されるまで度重なる添削を経た500あまりの箴言のそのほぼ全てにおいて、人間行動への辛辣な眼差しが語られている。
 痛烈な人間批判、あるいは見限りともとれるほどの性悪説。
 その激しいニヒリズムからは誰しもが逃れられない、そんな真実味がある。

 あまりに有名な一節

われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳にすぎない。

才があって愚かな人はいるが、分別あって愚かな人は決していない。

あの男は恩知らずだ、ただし彼の忘恩は、彼が悪いというよりも、むしろ彼に恩恵を施した男の方に罪がある。

人は決して自分で思うほど幸福でも不幸でもない。

 当時のフランスには、パスカル(1623~1662)やデカルト(1596~1650)といった名だたる賢者がいた。当時の上流階級のひとびとは、いわゆるサロンを中心に彼ら賢者と文化的・芸術的親交を篤くしていたようだが、そうした時代背景を思わせるように、収録されている箴言・格言には「理性」や「情」「精神」といった哲学的用語もならぶ。
 またそれらと相まって、先述の通り、ロシュフコー自身数々の戦乱に参加しあまたの理不尽を目の当たりにしたことや、当時の権力者であった宰相リシュリューと対立し2年におよぶ謹慎を受けた経験など、鋭く手厳しい人間観察の視点を支えるには十分なバックボーンが言葉の深さを補っている。

 もちろん読み進めていく中で、ロシュフコー自身の物事の捉え方にもある程度法則的な部分があることを感じ取れる。私自身、読み進める中でその全てが受け入れられるものではなし、また否定もしえないものでもある。
 余分なものがそぎ落とされた言葉だからこそ複雑で解釈し難いが、その余白に刻まれた意味の深淵はどこまでも心をえぐる。

 本書は、現行いくつかの出版社からそれぞれ別の訳者によって出されているが、それぞれに違った脚注・解説が付されており読みごたえがある。
 特に岩波文庫のものは当時のスウェーデン女王・クリスチナによる賛否極端な批評を掲載している。強烈な箴言が強烈な個性による評価を得ているあたりも必見の一冊。
 思い返したように適当な1ページを繰った折、出くわす言葉の深さと重要性は他の箴言・格言集の比ではない。
 
 
≪関連図書≫


侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な

河童・或阿呆の一生

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