さて、プロフィール欄にも記載している通り私の学生時代の専攻はインド哲学・仏教学なのですが、それらを学ぶ際に多かれ少なかれ避けて通れないのがサンスクリット語(梵語)です。
仏教学専攻ならまだしも、殊インド学専攻となると必須です。私が学生の頃でも先輩諸氏からはよく「インド哲学・仏教学で研究していきたいなら、サンスクリット語・チベット語・パーリ語・中国語・ヒンディー語は必修で、最低でも英語・ドイツ語・フランス語で論文くらい読めないとね」などと半分冗談半分本気のハッパをかけられたものです(今は分かりませんが)。やはりインド哲学を学ぶ上でサンスクリット・パーリあたりは必要最低限の必修言語であることは間違いなく、その中でも特にサンスクリット語は根幹となる言語です。
そこで今回は、そんなサンスクリット語を主に自習するための文法書を紹介してみようと思います。
サンスクリット語とはインド・アーリヤ系語族に属する古代語で、主にB.C.4c辺りの文法学者・パーニニという人物を中心に規定・整備された人造語です。
これが口語化しプラークリットというものも発達しますが、それは俗語でサンスクリットとは別という扱いの方が適当です。というのはプラークリットと違い、サンスクリットは文書関係を扱う際の公用語として広く普及した背景があるためです。
詳細はウィキペデイアやこれから紹介する書物に委ねますが、現在のインド及びその周辺国の言語に対して非常に大きな影響力をもった言語です。
日本でも真言宗や天台宗を筆頭に梵語という形で伝わっていますし、また日常的に使う言葉にもサンスクリット語を起源とする日本語は多く存在します。
明治の文明開化とともにさまざまな学術分野の研究が日本でも花開いたころ、インド哲学仏教学もまた一学問として大きな発展を遂げました。
以来、それらを学ぶためサンスクリット語に関しても様々な文法書なども翻訳・出版されましたが、やはり一般的にはあまりに認知されているものではありません。
近年、新しいものも数多く出されるようになっていますが、数自体には限度があります。
今回はその中でも現在入手が比較的簡単でオーソドックスなものを簡単にですがまとめてみました。
ただし、大前提としてこれだけは申し上げておきたいのですが、他言語を学ぶ際、サンスクリットに限らず特に古代より受け継がれてきた言語を学ぶ際は、できるだけ直接指導してくださる方をもった方がいいと思います。言葉一つとってもその文化的・歴史的な背景はじめ広範な知識を必要とするものなので。……
◎J.ゴンダ・著 鎧清・訳『サンスクリット語初等文法』(春秋社)
多分、日本のみならず欧米でもインド哲学・仏教学を学ぶ人のほとんどがこの本で学ぶと言っても過言ではない本。
子母音はじめ文法の初歩的な規定など、全てがコンパクトにまとまっています。
しかし欠点をあがるとすると、本書中に出題されている練習題の解答が付されていないということ。また、コンパクト故に細かな説明が省かれていたりします。
◎平岡昇修・著『サンスクリット・トレーニング』シリーズ(世界聖典刊行協会)
Ⅰ~Ⅲまでの分冊により相当な練習題が附録できた練習帳。
ただし、各項目における文法上の説明が少なすぎることが難点。また、練習題の多さに学ぶ以前に挫折しそうなこと請け合いの一冊。
とはいえこれをきっちりこなすことで得られるものは非常に多いと思う。
なお、Ⅳとして発声用の音源CDも出されているが、これは一応聞いておいて損はないと思う。
ⅤはⅠ~Ⅲの注釈や解答、辞書になっているがこれ単体でも十分独習可能。
◎菅沼晃・著『新・サンスクリットの基礎』上下2巻(平河出版社)
サンスクリットの成立の背景からはじまり、初等文法について事細かに学べる本。
初歩的な文法はもちろん、例外の規定や練習題の解説などしっかり書かれているが何せ上下2巻本である。また、少し慣れてくるとその説明の一つひとつが必要以上に冗長な感じを受ける。
至れり尽くせりな感は否めないので独習向き(別冊として実践的に学べるものの出ている)といえば独習向きだが、いかんせん全体的に緩慢な印象。
「初級を終えた人」用と著者は記しているが、その実、設定ボリュームは中・上級者向けだろうか? 初学者的には手を出さない方が無難という感じの代物。
とはいえある程度学んだ人にとってはリファレンス用として大変便利。
ちなみにこの辻先生、若かりし頃に渡英留学していた帰路でインドに立ち寄ったらしいのですが、曰く「あんな汚い国二度と行かない」と本当に二度と行かなかったというエピソードがあるとかないとか。さらに一高時代の同級生には川端康成がいる。
日本におけるサンスクリット文法書の第一にして名著名高い荻原雲来著『実習梵語学』の新訂版。
当時文語調で書かれていたものが現代的な表記に改められたため大変読みやすくなった。初学者にも理解しやすいように体系化された解説がなされていながら長らく入手困難だった名著だけに、このほぼ復刊に近い新訂版は大変にありがたい。
と、ざっとこんな感じでしょうか?
本当であれば入門を終えた後に目を通すべき読本や辞書の類の解説も必要とは思いますが、それは次の機会に譲ろうと思います。
また、ネット特に動画類が充実を極めた昨今、独習用としての動画も多数アップされているのでそれらも参考にされることをオススメします。
なにはともあれ、一冊軸となるテキストは手元にあるべきだと思います。ご参考までに……。