さて、前回に続きサンスクリット語について今回は読本と辞書を紹介していきたいと思いますが、前回同様現行出版されているものや絶版のものも含め、比較的オーソドックスと思われるものをご紹介したいと思います。
前回紹介のいわゆる辻文法とはうって変わって、こちらは語彙集や注釈が豊富で大変に良心的な本。
私の持っている初版第1刷では1冊でまとまっているが、その後のものでは3冊に分冊されている。
サンスクリット本文はローマナイズ(ナーガリー文字からローマ字変換されていること)されている。現在でも論文等、学術研究の場ではサンスクリット文は基本ローマナイズすることが前提とされているのだが、本来サンスクリットで書かれた文章ならばデーヴァナーガリーで書かれているべきだと思う。仕方ないといえばそれまでだが……。
◎菅沼晃『増補改訂 サンスクリット講読 インド思想篇』(平河出版社)
前回紹介の文法書の後続の実践編。デーヴァナーガリーの他、語彙集と解答編も附録した独習にはうってつけの一冊。『インド思想篇』となっているのはこの後に『仏典編』は出る予定だったらしいが、著者が数年前に没したため未完のままだ。
ちなみにだが、著者は私のサンスクリットの師の一人だ。当時は「仏の菅沼」と呼ばれるほど優しい方だったが、懇願して往年の講義を数度受けた私からすると「鬼の菅沼」だった……orz
◎J.ゴンダ『サンスクリット叙事詩・プラーナ読本』(法蔵館)
前回文法書同様、本書にも語彙集・解答はない。
唯一の救いといえば、冒頭の方でデーヴァナーガリーとローマナイズの併記がなされていることだろうか? ナーガリー文字習得の練習には役立つが総じて上級者向きといえる。
ちなみに、原著には語彙集が収録されているが、なぜか翻訳本では割愛されてしまっている。せっかくここまで訳したなら語彙集収録の上、最低でも訳くらいは載せてほしいものだ。
◎奈良康明 編『梵語仏典読本』(中山書房)
全編ローマナイズ文だが巻末に語彙兼解釈文が附されている。ページ数は少ないものの、数多くの梵語仏典を収録・抜粋した希少なもの。
編者は駒澤大学の学長も務めた曹洞宗の僧侶。文化史的な側面から幅広くインド仏教学を研究されていた。
サンスクリット語の辞書は定番といわれるものでもそれぞれに強い特色があるのでそのことは念頭においてもらいたい。
◎Monier-Williams『A Sanskrit-English Dictionary』(Oxford Univ.Press)
通称『モニエル』。定番中の定番辞書。見出しはデーヴァナーガリーとローマナイズの併記だが、語形変化等説明は基本ローマナイズされている。少々特殊なローマ字表記がされている点は注意が必要だが、語彙数含め動詞や名詞語幹の語形変化に詳しい。なお、WEB版も存在する。
◎V.S.Apte『The Practical Sanskrit-English Dictionary Revised & Enlarged Edition』(Poona)
通称『アプテ』。モニエルと並んで定番中の定番。文学作品から引用された例文が多く附され、サンスクリット語の語彙の豊富さが分かるが、基本サンスクリット部分はデーヴァナーガリーで書かれている点注意が必要。要はデーヴァナーガリーが読めないと使うには厳しい。また“students版”と“practical版”があるが、students版は例文の量を大幅に減らし学生用の廉価版なのだがさしてpractical版と値段も変わらないので特に使うメリットはない。またpractical版にも通常版とRevised & Enlarged Edition(改訂増補版)があり、後者の方が巻末の付録が豊富だ。ちなみに私が初めて買って使ったのはこのアプテのpractical通常版。
◎荻原雲来『梵和大辞典』(講談社)
通称『荻原』。唯一の梵和辞典だが語義・文法説明にやや難がある。だが、この辞典の最大の特色は仏教語を多く収録しているところで、梵語文典を読むには日本語表記であることと相俟って大変な恩恵を感じる。全編サンスクリットもローマナイズされており引きやすい。
◎Arthur Anthony Macdonell『A Practical Sanskrit Dictionary』(Oxford Univ.Press)
モニエルと双子のような関係の辞書だが、個人的にはモニエルがあればこれは必要ないと思う。なにせローマナイズが特殊すぎるので使いづらいの一言に尽きる。唯一の救いはその薄さだろうか?
◎平岡昇修『初心者のためのサンスクリット辞典』(世界聖典刊行協会)
前回紹介の『サンスクリット・トレーニング』の5巻目にあたる『サンスクリット虎の巻』の後半部を分冊化したもの。簡易な梵和辞書として使う分には語根変化なども調べられるのでかなり便利。なにより値段が安い。近年新たな版が出されたが、表紙が安っぽいのとA5からB5と多少大きくなってしまったのが残念といえば残念。
◎『基本梵英和辞典 縮刷版』(東方出版)
梵-英-和としては唯一のもの。語彙数も8000ほどあり、デーヴァナーガリー・ローマナイズの併記もされているので比較的使いやすい。
◎山中元『サンスクリット語-日本語単語集』(国際語学社)
これは辞書というより頻出単語集なので、そういう意味ではかなり希少な一冊だ。しかしローマナイズが特殊なのと配列がABC順というかなり使いづらい。
その他、モニエルやアプテには英梵版があったりしますが、ザッとこんな感じでしょうか?
総じてサンスクリット語を解説する文法書や辞書には初学者に対して親切なものはないという印象があります。「これも苦行の一環なのだろうか…?」と学生時代は泣きながら自習していた思い出がありますが、どんなものでも最初のステップ、基礎となる部分を着実に固めていけば越えられない壁はないと思います。