【読書感想】田邊園子『伝説の編集者 坂本一亀とその時代』

 
 伝説の編集者 坂本一亀とその時代
 田邊園子

 出版社:河出書房新社(河出文庫)
 発売日:2018/04/23

 古き良き熱い時代

 坂本一亀、ほかでもない音楽家・坂本龍一氏の父親である。龍一氏は一亀氏が亡くなる前後より、インタヴューなどことあるごとに父親のことを語っていた。「とにかく怖い人だった」「子ども頃、まともに顔を見て話した記憶がない」……。子息の活躍ぶりをみればその父親も只者ではないと自然に察せられるが、しかしなぜ「伝説」とまで呼ばれる編集者だったのか? それは一亀氏の編集者人生を顧みると明らかである。
 戦時中、通信員として満州などにいたとされているが、詳らかではない。戦後河出書房に入社し働き始めるが、編集者としての氏の最大の功績は、新人作家の発掘である。全国津々浦々で刊行された大小さまざまな同人雑誌、それを片っ端から寸暇を惜しんで読み耽り、まだ名も知られていない作家の卵たちを探し、集めた。野間宏、椎名麟三、三島由紀夫、島尾敏夫、高橋和巳、小田実、丸谷才一、辻邦生、山崎正和、黒井千次、日野啓三、竹西寛子……名前を挙げればキリがないが、戦後日本文学を支えた名だたる文豪たちを発掘し育成した張本人こそ坂本一亀である。
 自身「戦後は余命だった」と常々語っていたというが、そこには戦争という破壊行為への反動もあったのだろう。それがため、次代を担う若者たちへ自身の希望と夢を投影したのかもしれない。そしてそれは作家だけでなく、部下である後輩編集者らに対しても同様だった。本書の著者は、一亀氏の下で編集者人生をスタートさせた。「常に終止形の命令口調で」指示を出されたという。今ならすぐパワハラ案件かもしれないが、そんなことが社会一般の常識だった時代。しかしその中でも殊更厳しいものだったらしい。その一方、著者は涙もろく感動屋で情熱的で熱血漢である姿も多々目撃したという。そしてそれはそのまま仕事にまで昇華されていった。
 河出書房がはじめての倒産を迎えた時、一亀氏は残務処理と再建要員として残され、河出書房新社として再出発するために尽力した。だが月日が流れるにしたがって、氏の目指す方向性と社会から求められるものに温度差が生じていった。これはいつの時代でもそうだが、社会は常に変容していく。そこである意味第一線はしりぞいたものの、出版活動には晩年近くまで従事していた。
 本書は一人の編集者の人生譚ではあるが、戦後文学史と出版業界の記録として、また一時代を築いたある出版社の盛衰をその内部から描いている点でも貴重な記録となっている。

 かつてNHKでYMOの特集番組が組まれたことがある。そこでメンバーがドテラ姿で名曲『Rydeen』を演奏していたのだが、そのときの坂本龍一氏の横顔をみるにつけ、きっと一亀氏はこんな風貌だったのかもしれないと、そう感じたことをふと思い出した。
 
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