【読書感想】S・ウィンチェスター『博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話』

 
 博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話
 S・ウィンチェスター 著 / 鈴木主税 訳

 出版社:早川書房(ハヤカワ文庫NF)
 発売日:2006/03/01

 事実は小説よりも……

 英語を扱う者にとってのバイブルであり最終兵器『オックスフォード英語辞典(Oxford English Dictionary 通称:OED)』。この世界最高峰の英語大辞典が編まれた瞬間を描き出したノンフィクション。2019年には映画化もされているので、そちらを観たという人も多いだろう。
 本書は19世紀から20世紀初頭のイギリスとアメリカが舞台だ。おなじ英語圏ながら、大西洋を挟み全く別々の人生を歩んでいた二人のキーパーソン。在野研究者としてOED編集作業を指揮したマレー、元軍医ながら精神病を患った末に殺人を犯してしまったマイナー。彼らがどのように出会い、そしてOEDに寄与したか、まさしく「数奇」にして「運命」としか言いようのない人生ドラマが、複雑な背景と膨大な登場人物との関連から浮き彫りになってくる。
 三浦しをん作『舟を編む』など日本でも辞書編纂に関する作品は数あるが、本書はただノンフィクションというだけにとどまらず、著者自身によるフィールドワークや仮説に対する入念な検証もされている。また、歴史の中に埋もれかかっていたエピソードなども発掘されていて、とにかく読み応えがある。部分的に想像で補われて書き進められている箇所もあるが、決してノンフィクションのそれを逸脱するものではない。翻訳もこなれていて読みやすく、著者が筆を進めるに従ってより情熱的になっていく姿さえ感じられるほどだ。
 もしマイナーが精神をやむことがなかったら、もしマレーとマイナーが出会わなかったら、果たしてOEDは今どのような姿をしていたことか? そう想像するだけでも劇的なものを感じざるを得ない。またマイナーによって命を奪われた男、その理不尽な犠牲があったからこそ、今OEDがこの世に存在しているといっても過言ではない。なんとも皮肉な話しではあるが、それもまた事実であり、著者は敬意を忘れていない。
 「事実は小説よりも奇なり」という言い古された常套句。事実とはまさしく「奇」そのものであることをまざまざと感じさせてくれる。

 さて、個人的に本書も再読本である。本書とあわせて下に紹介する『そして僕はOEDを読んだ』も再読した。で、なぜまたこの2冊を再読するに至ったかというと、言語学系ユーチューバー「ゆる言語学ラジオ」さんの動画で紹介されていたのを見て思い出した次第。動画自体は2021年に公開されていたが、すっかり見落としていた。
 

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そして、僕はOEDを読んだ

新解さんの謎

舟を編む

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