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【読書感想】加賀乙彦『死刑囚の記録』

 
 死刑囚の記録
 加賀乙彦

 出版社:中央公論新社(中公新書)
 発売日:1980/01/23

死刑囚、その監獄の中での心理

 本書は1950年代、東京拘置所に収監されていた死刑囚・無期囚の心理的精神的変遷を追った記録だ。
 著者は当時、精神科の医官として同拘置所に勤務していた。精神科医として、冷静かつ科学的に囚人たちの心の中を見つめている。
 
 死刑制度如何のそれは司法の問題として割り切り、本書は医師と囚人という人と人との純粋な交流の過程が淡々と続く。
 そこから見えてきたものは、凄惨な事件を起こした凶悪犯であってもごくごく平凡な生活を送ってきたことや堂々としていながらも「死」に対する恐怖など、決して特別な人間ではない姿だ。
 監獄という外界からほぼ遮断された特異な空間、あるいは拷問あるいは誘導尋問……。そして司法の名のもとに自らへ突きつけられる「死」。そうした様々な状況は次第に囚人を「拘禁ノイローゼ」に陥れ、そこではじめて耐えがたい恐怖と想像を絶する精神的苦痛を味わう。
 理不尽な死を他者に与えておきながら、逆に自分へそれが突きつけられると狼狽・煩悶する姿に同情の余地はない。本文中でもその辺りは実に淡々としていて、感情的に深入りしている様子は微塵もない。
 だが、あとがきで記されている死刑制度にたいする著者なりの見解には、どことなく感情的な筆致が感じられる。

 先月7月、秋葉原無差別殺傷事件の犯人である加藤大の死刑が執行されたことで思い出した一冊。
 本書自体今から40年前に刊行され、また70年近く前の死刑囚たちの記録である。当然、当時と今とでは犯人が犯罪に至る背景や条件に多少の差異はあるだろう。だが、いつ執行されるか分からない「死」の約束がなされた人々の記録として、今なお貴重にして有益な名著だ。

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