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【読書感想】椎名美智『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』

2022年03月24日

 
 「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ

 椎名美智
 出版社:KADOKAWA(角川新書)
 発売日:2022/01/08

「敬意」のインフレーションと「距離感」

 数年来、日常的に出くわすようになった「させていただく」という言葉。私自身、この言い回しにはなんともいえない歯がゆさを感じている。同様に感じている人も少なくないだろう。
 本書は「させていただく」の語用研究で一躍注目を浴びた言語学者による解説書だ。本格的な言語学の研究書に比して、かなりライトな書き口なので読みやすい。
 序盤、日常的な場面で出くわすさまざまな用例、著者自身のエピソードなどを交えながら解説されている。それを踏まえた中盤以降、言語学的変遷やアンケートなどを基ととした学術的考察が行われている。ライトな書き口といったが、どこか凄まじく長い論文を読まされたような印象がある。

 その中で、「敬意漸減の法則」と「距離感」というキーワードは重要だ。詳細は本書に譲るとして、結果「させていただく」という言葉が乱用される背景には、人間関係における微妙な距離感、その微調整を排し機械的に処理してしまうようになった心理的な変容が浮き彫りとなってくる。
 会話をはじめとしたコミュニケーションは、本来、お互いの立場や状況に応じて縦横無尽に調整されるものだ。それ故に「敬語」というカテゴライズも成立しうる。
 だが「させていただく」が乱用される昨今にあって、敬語は本来の相手への表敬の意から、自らの品行を保守するものへと変化した。
 文法的な如何を問わず、言葉の意味や用法が時代によって変容する例は数多い。ただその変化の背景には、各時代を生きる人々の心象的変化が多大に影響していることが本書から読み取れる。ひとつの言葉の語用の変化から、言語を用いたコミュニケーションを展開する人類の未来像にまで注視を促してくれる本書の意義は大きい。
 
 
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