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【読書感想】岡潔『紫の火花』

 
 紫の火花
 岡潔
 出版社:朝日新聞出版(朝日文庫)
 発売日:2020/03/06

稀代の天才数学者が語る知性の本質

 不世出の数学者・岡潔の名著『春宵十話』に続く随筆集。
 著者による警世の文章の中でも最高傑作と称されるもので、『春宵十話』が本編とするなら本書は理論編ともいうべき内容となっている。昨年、56年ぶりの復刊を果たした。

 「情緒」「独創」「教育」というキーワードをもとに、著者は様々な視点から人と教育、そして知性そのものの在り方を捉えていた。
 本書では数学的演繹の視点と自我本能の情緒的観点から、"学ぶこと"に対する本質的精神を考察している。
 著者は「心を綺麗に保ち、衝動的に生きない」と力説するが、そうした視点の在り方こそ現在のような"世知"の不明瞭な時代だからこそ有効な方策と言えるだろう。
 そして著者がもっとも重要視していた「情緒」という観点からは、仏教、将棋、脳科学、俳句や絵画という一見なんの関連性もないように見える様々な分野が、互いに非常に強い引力をもって混在している姿を鮮やかに描き伝えてくれる。「心の中に自然があり、自然の中に心が求めてやまないやまないものがある」と繰り返し述べているが、これこそまさに著者の求道した「情緒」そのものの姿に違いない。
 個人的には冒頭近くに収録されている「すみれの言葉」に圧倒された。

 巻末にはご子息である煕哉氏による文章が掲載されている。自らの生き方に潔癖で厳格だった父親の姿は、子供から見ればなんとも偏屈で面倒極まりないものに映っただろう。しかし毎年墓参するたびに「もう少しじっくりと話し合いたかった」と思う姿には、目頭を熱くするものがある。

 本書タイトルは、芥川龍之介作『或阿呆の一生』の一節に由来する。
 

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