【読書感想】セルバンデス『ドン・キホーテ』(岩波文庫)



 
 セルバンテス『ドン・キホーテ』全6冊 (岩波文庫)



 「人類史上最高の文学作品は?」と問われれば、私はこの作品を挙げる。
 言わずと知れた名作中の名作。文学作品としてだけではなく、絵本や芝居など、およそ芸術作品と呼ばれる様々なジャンルで取り上げ続けられてきた作品だ。
 とはいえ、正直なところ読んだ感想としては「ダルい……」の一言しかない。

 この作品の翻訳など多数出てはいるが、果たしてそれらを読み通したという人はどのくらいいるだろうか?
 というのもこの作品自体そもそも長い。長いだけならまだしも、まずもって遅々として話しが進まない。
 読んでも読んでも「どーでもいい!!」という言葉しか出てこないほどにどうでもいい挿話が繰り返しなされる。
 なにより、その果てに出てくるのは先にも挙げた絵本や芝居でよく取り沙汰されるあのストーリーだ。
 正直、なんの苦行かと思う。

 ……と、かなりボロクソに書いてはいるが、その実やっぱり文学作品としては他の追随を許さない力を持っているのは確かだ。
 風刺、アイロニー、、嫌味……当代にあっての社会批判や人間へのまなざしがふんだんに取り入れられている辺り、小説を含め”文学”という大舞台を縦横無尽に駆け巡った感はある。小説にできることはなにか、文学の役割とはなにか、その具体的な議論は別にしても、その全てをこの作品は手中に収めている。

 ただし、繰り返しになるが、長い。

 どうでもいい挿話の数々はその実、現代にあっても大いに共感できるものである。しかしその長さゆえに、例えば最後の最後でドン・キホーテの臨終に臨んで集まった涙ぐむ村人たちを描写し「それというのも、いつか述べたように、ドン・キホーテがただの善人アロンソ・キハーノであったときも、彼がドン・キホーテ・ラ・マンチャであったときも、常におだやかな性情の人で人づきのいい、気持ちのいい人だったことは事実だったからである(会田由訳)」とあるのだが、正直「”いつか”っていつだよ!!」とその該当箇所がどこなのかさえ忘却の彼方へ忘れ去られてしまう具合だ。
 なぜそこまで様々の挿話が織り込まれているのだろうかということを考えた時、人生にはそうしたことばかりが続けざまに興隆する姿を知るに至る。どうでもいいこと、些細なつまらないこと。人生とは単にそんなことの集合体であるとも言えなくないか? そしてその真理は、あたかもこの作品に紡がれた幻想と奇想のはざまに立ち現われているかのようだ。なにより誰しもが追い求める心の姿なのではないか?
 一瞬と一生。人生の一角ひとかどに立ち現われる小さな挿話を、この作品は実に多角的な視点で、その全てを陽の下に描き出しているような感を受ける。作者あるいは作中人物の人生を描ききるだけではなく、読む者の人生さえ描き切った、そういっても過言ではないだろう。

 そんな作品『ドン・キホーテ』だが、この作品以上に数奇にして奇怪でユーモアあふれる生涯を送ったのが作者セルバンテスなのだが、そのことについては他を参照して欲しい。知っている人は知っているだろうが、作品以上に奇怪で不条理なその生涯なのだ。本編より作者の人生の方が面白いという意味でも、本作は決定的な皮肉を私たちに与えてくれる。


 ちなみにだが、小説(現近代文学という意味)で私が一番に挙げるとするなら、マルシア・ガルケス『百年の孤独』だ。




「ドン・キホーテ」事典

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)


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