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【読書感想】薄田泣菫 完本『茶話』(上・中・下 冨山房百科文庫)

   

 名だたる文豪を輩出した明治文壇にあって、浪漫派・象徴派の詩人として名を馳せた泣菫は、大正の幕開けと共に随筆の世界に飛び込んだ。
 大阪毎日新聞社に在籍しながらその紙面において、「茶を飲みながら喋る気楽な世間話」をコンセプトに延べ811編のコラムを執筆した。それがこの『茶話』だ。

 古今東西、市井の人々から著名人、果ては歴史上の人物に至るまで、さまざまな逸話・風説、奇行・奇癖、失敗談などを「あたかも見てきたよう」に簡潔でユーモアあふれる文章で綴ったこのコラム群は、著者の広範な知識量と的確な人物評、当代社会に対しての鋭い眼識と相俟って、コラムのお手本とも呼べる作品だ。
 もちろん現代の視点からすると差別的な表現・内容のものもあるが、それはこれらが書かれた時代の歴史性を考慮すれば仕方のない向きもある。
 実際本編を読み進めてみれば分かるが、ユーモア且つシニカルな文体の中に下卑た感を受けない。むしろ常識と節度を弁えた品のある上質な文章だ。
 一篇あたり二ページほどで読みやすいのもコラムならではという感じだが、一つ難点をあげるならば、これが書かれた当時の世相や情勢、流行などが分からないと何が面白いのかピンとこないというものも数多い。今までに刊行されているいくつかの抄本に比して、この完本はその点やや緩慢な感じを受ける。しかし珠玉の逸文を網羅したこの完本三冊は、読んだ者を明治後期から昭和初期の時代の香りに否が応でも包んでくれる。
 果たして現在、新聞の紙面でこんな秀逸な短文を書きあげられるコラムニストはいるだろうか? 「俗中の真」、そんな言葉がふさわしい。

 ちなみに、この『完本茶話』の凡例では『茶話』は「ちゃばなし」とされているが、一部機関や資料では「ちゃわ」となっていたりする。このあたりも実際には統一されていないのだろう。
 また、これまで刊行された抄本では人物名などが附された例も多くあり、版によって異同がある。しかしこの完本に関しては初出時の本分を定本としていることから、その辺りも安心して読める。



 参考リンク:茶話電子テキスト
       『茶話01 大正四(1915)年』:新字旧仮名(青空文庫)



 【関連図書】
 


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