従来語られてきた言語学の枠から漏れる『ピダハン語』。数の概念、時間の概念、自己と他者との相関など、それらが存在しない未知の言語の発見とその軌跡を辿った本書は、ドキュメンタリー番組でも取り上げられたほどの衝撃を産んだ。と同時に現代言語学の雄・チョムスキーの逆鱗に触れたことでも有名だ。
著者はキリスト教の布教を目的に未開の地へと足を運び、その教えを広めてきた人物だ。結果から先に言うと、ピダハンと出会ったために彼は無神論者となる。
彼をそこに至らしたものとはなにか?
“神”という絶対にして唯一無二の存在を肯定も否定もしないピダハン族の文化は、現代社会から隔絶されて久しい文明の立ち姿そのものだ。ただそれがどれほどまでに圧倒的な力あるいは壁として、現代社会の前に立ち現われたことか。「神なき時代」という言葉もあるが、それは神の存在をヒトが意識しえた以降に生み出されたもので、ピダハンなどの文明は、それ以前のヒトがヒトとして成立しえた原初をそのままに伝え育んできた生活の営みそのものだ。その時彼らは何を感じ、何を思うのか。本書を通じて著者は自分が無神論者となる過程とピダハンの文化・生活を程よく交えながら、ヒトがこれからどこへ向かい進むのか、また一つの文化・文明がどうのような盛衰を経るのかを克明に語る。
ピダハン……彼らが頑なに固持した哲学とはなにか?
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