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【読書感想】つげ義春『つげ義春日記』

 
 つげ義春日記
 つげ義春

 出版社:講談社(講談社文芸文庫)
 発売日:2020/03/12

 希代の漫画家、その私生活の苦闘

 伝説の漫画家・つげ義春。名作『ねじ式』『無能の人』をはじめとした不思議な世界観の作品群と同様、その私生活もこれまで多く語られてくることはなく謎に満ちていた。本書はそんな漫画家のとある時期の日常をつづった貴重な記録である。
 本書はもともと、昭和58(1983)年「小説現代」誌上で連載された昭和50(1975)年から昭和55(1980)年にかけての日記群である。当時、予想外に巻き起こったつげブームと相反するように、子息である正助氏の誕生や結婚、妻・藤原マキさんのガン発症や自身のノイローゼ・不安神経症の進行など、公私でさまざまな大事が次々と起こった時期だった。これらのできごとはまた、数年後からまったくの絶筆状態に陥るその遠因を導くことともなった日々でもある。加えてあまりにも私事を赤裸々につづったため、夫婦間に亀裂が生じ悶着が絶えなくなる。それが原因かは不明だが、長らく復刊されることもなかった。
 2020年、第47回アングレーム国際漫画祭での特別栄誉賞受賞や「つげ義春全集」刊行といった、生涯何度目かとなるつげブームの再来と前後して、復刊・文庫化の陽の目をみた。

 私自身、つげ義春のファンであることもあるが、総じて他者の(読み物としての)日記を読むことが好きだ。著者はそれを「他者の生活を知りたいという覗き趣味的」なものだと言っているが、まったくもって然りである。殊、本書に関しては、もともと著者自身が「何かを思い出す手がかり」として綴った「自分の記憶メモ」を、日記形式に清書しているため、多少なりとも誇張が入っているきらいがあるようだ。しかし、それは結果的に本書をただの日記ではなく、半ば私小説的な「生活報告」としての作品にまで昇華させている。つまり、日記やエッセイに分類される本書もまた、つげ義春のひとつの「作品」であることに間違いない。
 一方、やはり日記としての原形をとどめている部分も多く垣間見える。特に著者生来の神経症的傾向から、現実に対して悲観的な印象を吐露したり、他者の言動を常にネガティブな方向で受け取ったり、「つげ先生らしいなぁ……」と思わざるを得ない。
 そこで思い出されるのは妻・藤原マキさんの作品である。藤原さんはもともと状況劇場などのアングラ劇団で活躍した女優である。本書刊行時期には絵本画家としてもデビューしている。その処女作『私の絵日記』は、本書最終盤の昭和55(1980)年と重なっている。そこで見えてくるのは、両者の現実の捉え方であり、日常の切り取り方だ。夫婦であってももとは別々の人間なのだから、視点や考え方が違って当然である。しかしこうも違っていたとしても、夫婦そして家族として成立していた姿を見るにつけ、「家庭を持つ」ことの奇跡的な部分とその難しさを垣間見たような気になる。子どもの病気一つとっても、意見の相違や誤解は付きもの。そして親といえでも所詮は一人の人間であって、ヒステリックになることもあれば落ち込むこともある。そしてそこにも一人ひとり違った印象や感想の受け取り方をする。両者を読み比べてみると、まさしく喜怒哀楽ない交ぜの「生活」そのものが見えてくる気がするのだ。

 最後に本書および『私の絵日記』を読むにあたり、舞台が今から40年以上も前の時代であることを留意されたい。子どもへの折檻など、今ではDVあるいは事件性を問われるようなことも平然と綴られている。私自身、似たような年代に生まれ育っているのであまりなんとも思わないが、現代的にはかなり問題があるだろう。その点、そういう時代もあったと割り切るしかない。
 
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 私の絵日記

 

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