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【読書感想】齊藤彩『母という呪縛 娘という牢獄』

 
 母という呪縛 娘という牢獄
 齊藤彩

 出版社:講談社
 発売日:2022/12/16

家庭という名のブラックボックス

 2018年1月に起こった滋賀医科大学生母親殺害事件。当時看護学生だった娘が母親を殺害し遺体を河川敷へ遺棄したこの事件は、「教育虐待」という言葉を世間に広めた。加害者である娘は医学部9浪という経歴をもつ。幼少期より母から医師になることを切望され厳しく教育された。だがその結果は不合格の連続で、母親からは罵倒や体罰を受ける日々が続くようになる。犯行後、SNSに投稿した「モンスターを倒した。これで一安心だ」という文面は、メディアが報道するや否やたちまち注目されるに至った。
 本書は、この事件の加害者である娘と"モンスター"母との間に何があったのか、事件の真相と背景を堀り下げ考察している意欲作だ。著者は、収監されている件の娘と面会や手紙を通して直接やりとりをしている。そこで語られた娘自身の本音が、本書にはぎっしりと詰め込まれている。
 今では完全に死語かもしれないが、自分が子どもの頃には「教育ママ」という言葉をよく耳にした。子供に勉強することを容赦なく押しつける母親像、それを象徴しているような言葉だった。「教育ママ」の本心は、子供の成長とその未来を願ってのものなのだろう。だがその本意を未熟な子供が理解しうるかはまた別の問題である。
 教育熱心な父母との確執から起きた同様の事件は多い。だが、本書の事件を注視するかぎり、お互いがお互いを思い合った末のすれ違いと歪な愛情表現が、悲惨な結末となったように感じられる。ひとつ救いがあるとすれば、収監されている娘の心境の変化だろう。それは裁判中から徐々に見え始めたことのようだが、もともとの本性であったのかもしれない。描写されている娘の言動には、それを裏付けるに足りるものがある。まっすぐで優しく真面目、教養高く周囲への気配りもできる。取り調べの際、検察官から「手書きの文字が綺麗」と指摘されている。だが皮肉にも、それは「モンスター」と言い放った母が与えてくれた教育の賜物である。母娘の家庭という狭い世界の中しか知らずに成長した。その環境がいかに恵まれたものだったか、世の中にはそれさえも手に出来ない人がいることを知らずに育った。その境遇を幸とみる不幸とみるかは別として、本書がとりあげる事件の背景と顛末を改めてなぞってみるにつけても、そこにはただただ哀しい現実しか見いだせない。
 子の幸せを願うのは親の常だ。だがそのバランスを見誤れば、愛情はたちまちに憎悪へと変化する。社会そして人間関係の最小単位である「家庭」だからこそ、はっきりとした明暗が浮き彫りにされるのかもしれない。

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