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【読書感想】村井康彦『藤原定家 「明月記」の世界』

2023年04月12日

 
 藤原定家 『明月記』の世界
 村井康彦

 出版社:岩波書店(岩波新書 1851)
 発売日:2020/10/21

 元祖・自己中。あなたの血の色は何色ですか?

 かねてより、私もそこかしこで藤原定家について書き散らしているのはご存知かと思う。
 cf,【とはずがたり】「『明月記』の後鳥羽院」よもやま話
 そして書き散らすたびに「性悪だ」とか「人格破綻者だ」など、かなり辛辣な人物評も添えている。本書を読めばその言葉に嘘偽りがないことは確かに証明されるだろう(冷泉家の皆さん、ごめんなさい)。
 本書はタイトルの通り、平安末から鎌倉初期にかけて活躍した歌人・藤原定家の日記『明月記』を読み解き、定家の生き様とその時代を活写すべく書き下ろされた意欲作だ。著者の村井博士も御年90歳(本書刊行時)にして精力的な筆を走らせている。

 件の『明月記』は公家日記の中でも極めて難解なものと言われている。その研究は古くからなされているが、全体的あるいは網羅的なものは堀田善衛『定家明月記私抄』(正・続)など数えるほどしかない。本書も現存する『明月記』の全体を通読する形をとっているが、その紹介がテーマ別に分類されているあたり出色だ。和歌の悲喜こもごもはもちろん、家族や仕事のことなど、人間「藤原定家」をその生活身辺から読み解いている。
 また定家の作品解説は少なく、ドキュメンタリー的要素が強めとなっているので和歌の知識がなくても臆せずに読める。
 更に筆者の「正直な」コメントも読みごたえがある。私も常々感じていることと共通する指摘も多く、個人的には「よくぞ言ってくれた」と歓喜すること頻りだ。

 本来、公家による日記は有識故実や慣例などを子孫へ伝えるために記されるものだが、定家のそれは「極私的」な性格が強い。もちろん有識故実や政情の記録などもあるが、なにせ現存するものだけでも56年間にもおよぶ膨大な日記だ。自然、私的な部分も多岐にのぼる。ではどうしてそのような体裁となったのか? そこへの考察もなかなかユニークで、詳しいことは本書に譲るが、定家のヒトとナリを考えればさもありなんという感じがする。

 ところで自分も永らく定家卿と関わってきているが、そのはじめは一体なにがきっかけだったか? たしか、三島由紀夫が晩年のインタヴューで語っていた「『豊饒の海』が終わったら藤原定家をやりたい」という一言だったと思う。
 当時の私は定家の名前を教科書で目にしたり和歌集なんかでいくつかの作を読んだにすぎず、その実際のヒトとナリについては全く知らなかった。そこで「三島が興味を持つということは面白い人物であるに違いない」と、村山修一氏による名著『人物叢書 藤原定家』などを皮切りに関連書籍を読み始め、仕舞いには『明月記』にまで手を出してしまった。もちろん知らぬということは罪なもので、この日記が難解極まりないことなど露も知らなかった。だが果せるかな、さまざまな書籍を通して「藤原定家」に触れるにつけ、その強烈な人物像にみるみる惹かれていった。ちなみに村山氏の『藤原定家』を初めて読んだ際、定家の強烈な部分というより情けない部分が強調されている印象を受けた。そう、歴史的には「歌聖」と称され、半ば「和歌の神様」のような扱いを受ける歴史上の人物だが、その実は俗で多弁で執念深く、そして人間臭い。
 
 すっかり本書の内容からズレてしまったが、なにはともあれ、藤原定家入門ないしその人物像に触れるきっかけとしては読みやすさも相俟ってかなりの良書だと思う。
 私の場合、「村井先生も人が悪いな~。そんなホントのこと言わなくていいのに……」と、ニヤつきながら読んだことだけは添えておこう。あえて。。。
 

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