時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて
高水裕一
出版社:講談社(ブルーバックス)
発売日:2020/07/16
ミクロとマクロの量子論が織り成す"時間"にまつわる不思議な話し
今年9月に公開になった映画『TENET』は時間が逆戻りする世界を描いたSF映画だが、もし本当に時間が逆戻りするとしたらどうだろうか? あるいは時間が一方通行なのはなぜなのか? そもそも時間とはなんなのか?
そんな興味の尽きることのない"時間"にまつわる最新研究を、「時間が逆戻りしたらこんなに面白いことが起こる!」という視点からさまざまに考察しているのが本書。
当該の量子論はじめ、熱力学に宇宙論、ニュートンからアインシュタイン、そして著者の師であるホーキング、更には新進気鋭のロヴェッリに至るまで、とにかくわかりやすく解説されている。
結論、タイトルが示す疑問に対しての著者なりの明確な回答はないものの、最新の物理学では「どうやら時間は逆戻りする可能性がある」という見解に到達していることが分かる。
相対性理論はもちろん、「ループ量子重力理論」「ブレーン宇宙」「サイクリック宇宙」といった、本来なら専門書にしか並ばないような言葉も数多く登場するが、著者一流の咀嚼を経た文面は平易で簡潔で、実にさまざまな事柄がコンパクトに必要十分まとめられている印象を受ける。読者が疑問に思うであろうことを想定して書かれているのだろうか、読んでいる者を突き放すような節がまるでない。
著者はブラックホール研究の第一人者で2018年3月14日(意味深な日付)に亡くなったS・ホーキング博士の最晩年の弟子の一人だ。師のもとで3年間研究をしたという経験は、今も昔も大変貴重なものだろう。そこで垣間見た世紀の天才とのエピソードが豊富なのもうれしい。
それゆえ、歴代の天才たちがどんなことに情熱を傾けてきたかということを知る上でもなかなかの好書だ。
今年ノーベル物理学賞を受賞した(やっと!)ロジャー・ペンローズ博士が提唱する「共形サイクリック宇宙論」もまた、こうした布石から生み出されたものだ。
ただし、後半の方で「人間原理」について言及されている段においては、著者曰く「不可解」「非科学的」としているが、個人的にもう少し踏み込んだ考察があって欲しかった。
何かを知覚する"人間"がいてはじめてその現象が観察されるという量子論においては基本的となる考え方の中で、当の"人間"は生き物としての性格を持つ。
その生き物を構成するものもまた原子や中性子である。この辺りへの橋渡しに若干の引っ掛かりを覚えた。
総じて、現代物理学の最新研究への入門書としてはかなりの好書であることは断言できる。
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