【読書感想】吉田洋一『零の発見』(岩波新書)

 まともな記事の一発目はやはり書評かなと思い、そうします。

 で、やっぱりその一冊目に選ぶならこれにしようかと思います。

吉田洋一『零の発見』岩波新書

 
 言わずと知れた岩波新書屈指の名著。
 

 本書は表題ともなっている“零(0)の発見”と“直線を切る-連続の問題-”という数学の分野において根底をなす二点に対し、単に数学的な意味合いを解説するにとどまらず、その起源や変遷、または革命的な邂逅などの歴史的な軌跡をなぞるものだ。
 初版は1939年だが、21世紀と称して久しい今日においても内容は極めて新鮮の感を受ける。なぜそう思わせるのだろうと考えた時、本書を読んでふと気が付くのはこの本は“数学の楽しみ方”を素直に説いてくれているからだろう。
 一流の数学者である著者が、文理の別を問わず本書を手にした読者の水先案内人として、主導的に数学という森の奥深く、あるいは水面の奥底へと導いてくれるような安心感がある。その問題の焦点と距離感、核心から敷衍した先を、読者の数学の得手不得手に関わらずしっかりと理解させてくれるのだ。
 
 個人的な体験として、小学校高学年の時分、当時地元に住んでいた読書家夫婦から「本好きのお兄ちゃんに……」と戴いた本であり、一読した結果インドに興味をもったり数学に好奇心を馳せるきっかけとなった一冊でもある。
 本書の前半部である“零(0)の発見”という事象については、歴史的な事項に関してはすっかり理解できたにせよ、その本質的な部分については、大学進学後にインドの六派哲学などを学ぶうちにようやっとその道筋を理解するに及んだ(理解するための輪郭を得たという方が正確かもしれないが)。その時、自分の中で再び本書と邂逅しえた気になったことを今でも鮮明に覚えている。

 そうした体験も相俟って私自身にあってはかけがいのない一冊なのだが、本書に限らず、いわゆる名著と呼ばれる特に新書の類は世に何冊も存在するが、近年、その多くが「読みやすいモノ」「理解しやすいモノ」にとって代わられているような感を受ける。これは私ばかりでなく、読書家の友人知人らにも膾炙するところだ。
 なにも「読みやすく」「理解しやすい」本が悪いと言っている訳ではない。そうした本も、初学の人に対しては難解な分野の敷居を下げてくれる大変重要な役割を持っている。
 だが、平易な言葉で語られることは、結果その問題の核をぼやけたものにさせたり、あるいは簡易であるが故に必要十分な情報が与えられていなかったりする。いたしかたのないことではあるけれど、時代の急変する世にあってはそうしたものの需要こそ必要とされているのかもしれないが、何かを学ぶ、あるいは咀嚼し一段と理解を深めるには、必要最低限のレベルというものもあると思う。
 そこにこそいわゆる名著の存在意義があるのだと思う。
 著者は数学者としての他に、数学教育の進展ということにも大いに貢献を果たした人だ。氏をしてなぜこうした著作を世に問い、読み継がれてきたのか、それを知るということだけでも読者一人ひとりの人生に対して有意義なものを与えてくるはずだ。


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