ブッダという男 初期仏典を読みとく
清水俊文
出版社:筑摩書房(ちくま新書1763)
発売日:2023/12/07
人間・ブッダは何を語っていたのか
ネット上を一時騒然とさせた仏教学界隈のアカハラ問題。その渦中にあった著者による「あとがき」が脚光を浴び、本書は刊行直後からベストセラーとなっている。若干そればかりが注目され独り歩きしている感は否めないが、本書は内容にこそもっと目を向けられるべき一冊だと思う。
本書では、ブッダの生きた時代と同時代的感覚、あるいは当時の常識に則ったブッダの姿を描き出そうと試みている。初期仏典の言説の混濁を紐解き、当時インドで主流だったバラモン教に異を唱える「沙門」間での対比、更には近代的仏教理解の礎を築いた研究者等への忌憚なき批判など、従来語られてきた「ブッダ」像を意欲的に崩そうとする姿勢である。その心は、"客観的な学術"の装いのもとに従来の仏教学で指摘されてきた「歴史上のブッダ」は、研究者それぞれの主観や近代的倫理観などが入り混じった「現代の神話=合理的なブッダ像」としての姿に他ならないという指摘に集約される。「ブッダの先駆性は何だったのか?」という問い立てのもとに、それらの言説は見事に整理されている。
もっとも今となってはブッダ自身が何を語り何を語らなかったのかを確定することは難しい。だからこそ、世間受けの良いブッダ像を組み上げてきたこれまでの仏教学の問題点を鋭く指摘論じているのは斬新であり、非常に重要な業績だと思う。
ただ、一読後の個人的感想としてところどころ気になる部分もある。根拠とする史料の子細や研究批判の手法、特に形而上学的哲学の論証は穴が多いように感じる。なにより紆余曲折を経て刊行された本書だが、新書というボリュームではなかなか説得力に足る分量とはいえない。とはいえ、こうした点は著者の今後の研究の中で確実に洗練昇華されていくだろう。
私も長らくインド学仏教学とかかずらわっているが、本書を契機として初期仏教研究の新たな進展が開かれることを願ってやまない。学会内でもこの内容が健全かつ闊達に議論が進むことを望みたい。