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【読書感想】松原隆一郎・堀部安嗣『書庫を建てる: 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』

 
 書庫を建てる: 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト
 松原隆一郎・堀部安嗣

 出版社:新潮社
 発売日:2014/02/25

 「イエ」を形作るということ

 本書を要約すれば、ひとえに「とある学者が自らの蔵書と実家じまいのために家を建てた」本である。"書庫"がゆえに多少なりとも書籍に関する話題があるかと思えば、残念ながらない。この本は、徹頭徹尾、施主と建築家との「イエ」を巡る軌跡を綴っている。

 施主である松原氏は社会経済学者である。本書冒頭、今回の書庫建設にいたった動機をご自身の祖父の生涯にまで辿って記されているが、ここが極めて重要でありかつとても興味深い。人それぞれ、一人ひとりの人生には膨大なドラマが潜んでいる。松原氏の場合、自身の経歴そしてご家族との関係とその来歴の原点を祖父の生涯に見出している。そこで意識されるものこそ「イエ」というものの考え方だ。特に戦後、社会秩序の激変と相俟って人びとの「イエ」に対する常識も感覚も様変わりしてしまった感があるが、そんな中でも松原氏にとってはどうして否定できない「イエ」の概念が渦巻いていた。
 一方、近い将来定年を迎え、研究室にある蔵書を引き上げなくてはならなくなった時、最早蔵書を保管するスペースに窮している現実もあった。ここにおいて、先人の記憶の集積としての書籍と、先祖と今の自分をつなぐ「イエ」という、自身にとっての「歴史」ともいうべき二つの基軸が立ち現れてきた。氏にとってこの二つをどう維持し併存させていくか、これが最大の問題となったのだ。
 そこでこの問題を解決すべく「イエ」の建築を、旧知の建築家・堀部氏に依頼したことに本プロジェクトの端は発する。敷地面積約8坪、一万冊の蔵書と仏壇を有しかつ生活空間も確保した家という施主の理想に対し、予算や空間といった現実をどう擦り合わせていったか、本書最大の読みどころだ。
 本書は基本的に、松原氏の精緻な筆致でほとんどの進展が述べられているが、随所に堀部氏の建築家としての立場からの忌憚なき回想が散りばめられている。そこが実に印象的に調和していて、この稀代のプロジェクトの過程を臨場感をもって辿ることができる。
 なにより後半部、全体からするとその割合は少ないのだが、実際の施工が始まってからの施工会社や職人とのやりとりも読みごたえがある。どんなものにもハプニングやアクシデントがつきものだが、そこをどう切り抜けるか、また職人の技術の高さが窺える記述は圧巻だ。このプロジェクトが完結した際の描写に至っては、読んでいる自分がそこに居合わせたかのような安堵感と感動を抱かざるを得ない。
  
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