東大卒、農家の右腕になる。 小さな経営改善ノウハウ100
佐川友彦
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2020/09/02
農業、それは基(もとい)・・・。
まず、本書は前半で著者のこれまでの来歴が語られ、後半は農園で実践した経営ノウハウが紹介されている。本書の読みどころは断然、前半部の著者の来歴だろう。日本における学歴としては申し分のない東京大学を卒業。そして外資系企業に入社するもうつ病で退社。再起をかけてベンチャーに復職するも再び無職に。そんな中、半ば劇的な形で農業経営の現場と出会う。文章がとても丁寧で、ぐいぐいとそのエピソードに引き込まれる。
そんな前半部と同程度のボリュームをもつ後半部だが、本書の主眼は本来こちらにあるのだろう。しかしその内容といえば、他業種の会社経営でも同様なごく当たり前なことしか書かれていない。なにか画期的な真新しさという点において、いま一つな印象である。
だがもしかしたら、そここそ最たる問題点なのかもしれないと個人的には感じられた。ときどき書くが、私の本来の職業は農家である。本書の渦中にある農業に従事している。もっとも農業だ農家だといっても、地方や地域、場合によっては集落や個々の農家でその方法も内容も千差万別で、中心となっている世代の老若にも幅があるし、山間部なのか平野部なのかでも状況や条件も丸っきり変わってくる。仮にそれらを全て平均化しても、「これだ」という正解的なものはない。
その上で、これはあくまで私自身の個人的観測ではあるが、多くの農家にとって農業を「経営」しているという感覚がないのではないか、と感じている。ましてや昨今、後継者不足や耕作放棄地の問題などから数件の農家が集まって法人化する例も多くあるが、その実、これまで一人親方として農業に従事してきたがゆえに、「会社を経営する」という意識を持たないままである例が多く散見している。先に後半部の農業経営のノウハウについてごく当たり前のことしか書かれていないと述べたが、実際、会社経営という現場においてはごくごく当たり前のことでも、農業の現場においてはまったく浸透していない、あるいは無視されてきた、あるいはそんなことさえも考えられずに来たというのが実情そして現状だろう。だからこそ、本書の後半部、全体の半分のページを割いてでも、経営のノウハウの基本中の基本が説かれているのではないか? つまり、多くの農業の現場では、「経営」の基本さえままならない現状があると思う。
重ねて書くが、これはあくまで個人的な見聞で感じていることだ。地方・地域、集落・個人、いろんな状況・条件の中、さまざまな農業の形態がある。中には万全の経営状態を維持し、躍進している個人・法人農家だってたくさんある。しかしその一方で、そうした「経営」の基本概念にさえ視点を持たない農家もいまだ多いのが現状だと思う。
筆者は現在、農業に関わるさまざまな媒体で発信を行っている。これからを担う若手農家にもその一助が伝わればまた違って来るのではと思う今日この頃。