昨年2月に大往生した日本映画界の鬼才・鈴木清順。
氏の名前を世界にとどろかせたのがこのいわゆる『(大正)浪漫三部作』だ。
『ツィゴイネルワイゼン』
1980年。原作・内田百閒 出演・原田芳雄、大谷直子、藤田敏八ほか
『陽炎座』
1981年。原作・泉鏡花 出演・松田優作、大楠道代、中村嘉葎雄ほか
『夢二』
1991年。出演・沢田研二、毬谷友子、坂東玉三郎(5代目)ほか
主演級の役者の段階で錚々たる面々であることはお分かりいただけるだろうか?
私自身、「好きな映画は?」と問われれば必ずこの三作品を挙げる。
清順監督のことを知っている人の間では有名な話しではあるが、その経歴をあらためて解説しておくと、戦後の日本映画界において松竹大船撮影所はじめ日活などで映画監督としてその映画人生を始めた。小林旭、宍戸錠、高橋英樹、渡哲也などが主演する映画を撮り、その映像は『清順美学』とさえ称された。しかしその作風が仇となり、映画界から干される形で一旦は身を引くこととなる。その後、『ルパン三世』などアニメ作品の監督を務める傍ら俳優業なども始め、そしてこの『浪漫三部作』にて世界にその名を轟かせた(映画界復帰は1977年の梶原一騎プロデュース『悲愁物語』と言われている)。
この三作品の評価はその映像美に重きがあるように思われがちだが、難解にして複雑なストーリー、虚を突くような音楽、それらと相俟って妖艶にして幻想的な世界観を醸し出しているところに妙がある。頭で考えるのではなく、ひたすら感じる映画作品だともいえるのだが、それは同時に小難しい文学作品を読んだ後のようなけだるさがあることも否めない。そういうものが不得手な人にとっては10分と見ていられない作品だ。
しかしそうした中で語られるのは、食・性・死という極めて現世的な「生きる」ということそのものの根底だ。監督がこのことを自身のテーマに据えているのであろうことは、日活時代の過去作品、とくに傑作『殺しの烙印』などからも窺える。
それらを礎に生きる人間が織りなす世界=社会。それはいつの時代であっても不条理なまでに奇妙で不可解だが、映像という手法を以て監督一流の視点を通せば、どうしてもこういった作品に仕上がるのだろう。
と同時に、こうしたテーマを抱くに至った原体験として、監督自身が第二次大戦中に出兵していた経験も大いにあるのではないだろうか?
最後に一つ、この三部作にまつわる都市伝説的なエピソードを……
三部作のプロデューサーである荒戸源次郎氏。
唐十郎氏の下などで芝居を学び、映画プロデューサー以外にも俳優・映画監督などの顔持つが、独特の秀でた洞察力の持つ主であったらしく、金持ち相手に賭けを打っては資金を集め、曰く「あなたのような天才に映画を撮らせない日本映画界は腐っている。このお金で撮りたい映画を撮ってください。上映場所も用意します」とそのお金を鈴木清順に渡して撮らせたのが『ツィゴイネルワイゼン』だったという。
また唐氏の率いる状況劇場の影響もあったのだろうか、上映場所として可動式の専用小屋を建てての上映という奇抜な手法を成功させている。これらは製作・興行を一体で行ういわゆるシネマ・プラセット方式の最初だ。
なんとも"仙人"鈴木清順の名にふさわしいエピソードといえる。
ちなみに2000年代後半、東京・上野で『一角座』と称し荒戸氏プロデュースで清順作品のテント上映イベントが行われたことがあるが、その折、清順監督などがトークイベントを行った際、質疑応答で私は「監督の現場で働きたいのですがどうしたらいいですか?」と質問したのだが、今では良い思い出だ。連絡先をお伝えするだけお伝えしたが、結局そのあと一本もメガホンをとらずに逝かれたので呼ばれず終いだったのは惜しくてたまらない。だがその代りといってはなんだが、映画遺作といって過言ではない2005年の『オペレッタ狸御殿』に友人知人の役者が数名出演していたというのは、ちょっぴり誇りでもある。
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