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【読書感想】荻原朔太郎『恋愛名歌集』

 
 恋愛名歌集
 荻原朔太郎

 出版社:岩波書店 (岩波文庫 緑 62-4)
 発売日:2022/06/17

今この時代に響かせたい恋の和歌

 万葉集から新古今集にいたる歌集から恋歌を中心に437首を抽出・解説した本書は、日本近代詩の父・荻原朔太郎が当時の歌壇に突きつけた問題作だった。
 そもそも朔太郎は以前より執拗なまでの歌壇批判を行っており、当時の歌壇人らともたびたび論争を巻き起こしていた。万葉偏重の旧守ぶり、同時代性の欠如、徹底自然主義への批判……と、その詳細を書くとあまりにも煩雑になるので割愛するが、総じて朔太郎は当時の歌壇や短歌を単に否定するのではなく、ありうべき「歌」のモデルを念頭に批判し浪漫主義の復活を訴えていた。
 昭和6年(1931)、軍国主義へと走り始めた世の中にあって「恋歌」を精選した本書を刊行したのはなんとも朔太郎らしい。冒頭で当初は「歌だけを選集して、ポケット用の愛吟歌集にしよう」と思っていたというが、諸々の事情から批評も附された。本書の真骨頂はその批評部分にあると思う。
 批評といっても学術的なそれではなく、どちらかといえば各歌に対する朔太郎の印象を綴っているように読める。万葉集と新古今集を趣向を異にした二大絶頂期とし、万葉集はその素朴な心を、新古今集には技巧的な高さを称賛している。また選出した歌にはどれも高評価を与えていて、実際本書によって改めて評価を見直された歌も多い。また正岡子規のように糾弾する一方の書き口でないところにも好感が持てる。
 とはいえ作者に対しては別で、紀貫之・藤原定家という大家へは「形式だけはいい」「あくまで選者」というなかなか厳しい指摘をしていて面白い。「詩学者と詩人は別人である」「詩学者には理論があって芸術がなく、詩のイズムがあって『詩そのもの』の魂がない」とはまさしく的を射ている。
 和歌自体に対しては音律を中心とした音楽性を指摘するなど若干難易度は高めだが、マンドリン奏者にして自由律詩の大家ならでは解説といえるだろう。巻末の歌論も詩人としての立場からの論が展開されており興味深い。
 ただし、一部の歌を朔太郎が意図的に改変したいたりするので注意が必要だ。解説の渡部泰明氏は「言語道断と言いたくもなる」と書いているが、その一方で「こういう読み方もできる」というそれぞれの歌の特色に気づかされるとしている。この渡部氏の解説も必見で、本書を「昭和の『古来風体抄』」と称賛している。
 
 
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 萩原朔太郎大全

 
 

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