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【読書感想】済東鉄腸『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』

 
 千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話
 済東鉄腸

 出版社:左右社
 発売日:2023/02/07

「好き」って強い

 随分と長いタイトルだが、本書の内容がほぼそのまま要約されているといっても過言ではないだろう。その通り、本書は引きこもりかつ難病持ちの著者がいかにルーマニア語の小説家になったのか、その紆余曲折の問わず語りである。
 そもそも「ルーマニア」という国名を聞いて、その場所や歴史など、ピンと来る人は多くないだろう。黒海西側に位置する元社会主義国家。近年ではEUに加盟するなど国際社会へも積極的に参画しているが、ヨーロッパでも最貧国のひとつ。1989年に起こったルーマニア革命では、当時の大統領・チャウシェスクが逮捕起訴された直後、テレビカメラの前で公開処刑された。……だが、世界史に明かるい人でもこのくらいの知識しかないのではなかろうか? もちろん自分もこの程度である。そして著者ももともと同レベルであったという。
 しかし著者の場合、無類の語学マニアという一面が功を奏し、たまたまルーマニア語に出会った。また海外映画をよく観ていたこともあって、そこで出会ったルーマニア映画に魅了された。あとは芋づる式といおうか、グングンとルーマニアの文化に引き込まれていく。更にはもともと詩や小説を書きたい願望もあって、結果ルーマニア語で小説を書き、縁故あってルーマニアの文芸誌に掲載されるに至るのだ。
 本書で語られるその経緯だが、理不尽なまでの困難やその克服、地道な努力の姿といった半生語りに付き物のサクセスストーリーはほぼ皆無である。実際陰では涙ぐましいな努力もあったのだろうけれど、そうした姿をあえて描いていないのかもしれない。だからだろうか、いろんな物事がトントン拍子に進んでいっているように見えて、若干肩透かしを食らった感がある。
 だがそれは、「運がよかった」「チャンスに恵まれた」といった陳腐な感想だけでは括り切れない部分がある。
 確かに陰ながらにさまざまな努力はあっただろう。だがそれ以上に、著者の場合は圧倒的な行動力が全ての門戸を開いている。SNSを活用して手当たり次第にルーマニア人とつながりを持ったり、尊敬する映画監督が来日した際など会場まで出向き片言のルーマニア語で話しかけたり、それこそルーマニア人の小説家や雑誌編集者に自分で書いた小説を読んでもらったり……。ルーマニアに対しての偏愛あるいは愛執に突き動かされるがまま、とにかく行動に出ている。これは、世に出回る成功術・開運術の書籍や動画で散々語られている成功術そのものだ。心理学でいうところの「コンフォートゾーン」を、なんの躊躇いもなく抜け出している。一読後、この著者はなるべくしてルーマニア語の小説家になったと、そう感じざるを得なかった。
 また、ひきこもりへのエールやニッチな分野を目指す人へのアドバイスのようなものはなく、淡々とその半生とルーマニアを巡る出来事を描いているのでリアリティも一入に感じられる。
 ただし、全編著者の喋り口調で書かれているので人によっては読みづらさを感じるだろう。言い回しが不明瞭なあまり、何を言いたいかいまいち理解しづらい部分も多い。総じて文章はかなり雑だと言わざるを得ない。

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