音楽は自由にする
坂本龍一
出版社:新潮社(新潮文庫)
発売日:2023/04/19
とある音楽家の生き方について
今年2023年3月、巨星が墜った。坂本龍一その人である。東京藝術大学大学院卒、テクノ音楽を産み出したYMOでの活躍、映画『戦場のメリークリスマス』の鮮烈なテーマ曲、『ラストエンペラー』でのアカデミー賞受賞など、その経歴を今更書く必要はないだろう。
本書は、2009年に刊行された坂本氏が自身の半生を語った自伝の文庫版である。
氏をめぐるエピソードは、これまでもさまざま媒体で数多く語られてきている。しかし生い立ち以来の思い出を、自身の口から連綿と語られることはなかった。本書の注目すべき点は、その生い立ち以来の部分である。本書の半分がYMO結成以前、まだ世に「坂本龍一」という名前が知れ渡るより前の回想に割かれている。つまりは音楽家・坂本龍一がどのように育ち形作られてきたか、そのバックボーンの形成を知ることができるのだ。もちろんYMO以降2009年までの活躍の裏話も興味深いが、人の人生、その青少年期あってこそ花開く側面もある。
個人的にもっとも興味を惹かれたのは、元妻である矢野顕子さんへの言及だろう。坂本氏自身がさまざまな人から影響を受けリスペクトをしている姿勢はこれまでの言説から窺い知ることはできるが、氏の中で矢野顕子さんはある種の「越えられない壁」だったのかもしれない。矢野さんについて語る部分では、かなり穏便な言葉を使っていながらそのことがヒシヒシと伝わってくる。
少し個人的な回想を……。私自身、世代ではないにせよ子どもの頃から極めつけのYMOフリークであることは方々で書いてきた。今年1月の高橋幸宏さんの死、そして今回の教授の死。一介のファンとしても悲しみに暮れるばかりだ。だが、YMOがあまりに好きすぎて、なんだかんだ御三人とはそれぞれ接する機会を得たことは、自分の人生にとってかけがえのないものとなっている。ファン冥利なんて、そんな甘っちょろい言葉では代えがたいものがある。……とはいえ教授と初めてお会いした際、最後の最後でかなり衝撃的なことを言われた。しかも図星だったこともあって、一瞬「あ、僕この人嫌いかも……」と感じたりもした。でも、YMOで一番好きな曲が『東風』なんだよなぁと、その時のことを思い出しては苦笑いするしか他に知らない。
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ぼくはあと何回、満月を見るだろう