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【読書感想】F・サガン『悲しみよ こんにちは』

 
 悲しみよ こんにちは
 フランソワーズ サガン 作
 河野 万里子 訳

 出版社:新潮社(新潮文庫)
 出版日:2008/12/20

 フランス文学史に燦然と輝く青春小説の聖典。18歳の少女が瑞々しい感性で描き上げた人間の愛憎劇。

 フランスの女流作家フランソワーズ・サガンの代表作にして、彼女を一躍世に知らしめた作品。
 青春期の男女を描いた小説としては20世紀最高の傑作など絶賛される。

 ネタバレにもなってしまうのでものすごくざっくりとしたあらすじしか書かないが、早い話し、主人公の少女が父親の再婚を阻止すべく計画をとある人物と共に実行する……というもの。
 今となってはごくごくありきたりな筋書きのように思われるが、本作の神髄は、複雑でもどかしい人間関係の中に散りばめられた繊細な心理描写や各登場人物の思惑と駆け引き、夏の太陽きらめくフランスの海岸沿いの美しい情景を見事に描写した書き口が、執筆当時18歳だったサガンの手により紡がれたという点にある。

 フランス文学の特徴としてよく挙げられるのはその理知性だが、明確な論理と秩序に重きを置き現実主義的に物事を捉えようとする視点から、人間の内面を追及し描こうとする作品が多い。
 それはある種、実に人間的なものへの眼差しとも言うべきもので、そうした特徴を受け継ぎ、若く瑞々しい感性を通し結晶化させたのが本作であり、また評価される所以だろう。
 
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 サガンという生き方

 
 私が本作を初めて読んだのは、たしか中学生になったかならなかったかの頃だった。
 2008(平成20)年に出た河野万里子氏による新訳の前の、朝吹登水子氏の訳のものだった。

 思春期にやっとさしかかったような頃だったから、男女の愛憎などいかほどのものか露も知らなかったわけで、当時はそのあたりの心理的な駆け引きなどに何の共感もできなかった。むしろ、読むだけで目の前にその情景が立ち現れるかのような精緻で圧倒的な風景描写にばかり舌を巻いていた。
 それから随分と時間が経った。私も大人になり、男女の色恋や人間関係の脆弱さを知るに至って、再び本作と巡り合う機会を得た。
 初読当時には気づかなかった登場人物たちが織り成す思惑の機微や、好いた惚れたの微妙な心の揺れ動き、人間関係の脆さや危うさなど、まるで別の作品を読んでいるかと錯覚くらいに自分自身の読み方が変わったことに驚かされた。時間の経過もそうだが、自分も微々ながらさまざまな経験を積んできたのかなと、思わず苦笑いをしてしまった。
 
 ふと、初読当時の朝吹訳の本はどうしたかと、気になった。
 せっかく訳者が違うのだから読み比べてみるのも面白いと思い、あちこちに山積する本をひっくり返して探してみたが、どこにも見当たらない。
 「誰かに貸したままだったかな……?」いずれにしても、今、自分の手元にないことは確かだった。
 それはまた一面で、自分の青春期という時間が、もはや自分の手元ではない、時の波間のどこか遠く彼方へと消え去ってしまった、そんな事実を突きつけられたような感覚をもっていた。とはいえ別段そうしたことになんら悲愴的な感情は沸かないが、過ぎ去ってしまった時間の尊さを再認するには十分なくらいの意味合いはあったと思う。
 図らずも数十年ぶりで読み返した本に、突飛なことを気づかされたしまった。
 


悲しみよこんにちは (字幕版)

サガン -悲しみよ こんにちはー (字幕版)

 

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