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【読書感想】窪田新之助『対馬の海に沈む』

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 対馬の海に沈む
 窪田新之助
 出版社:集英社
 発売日:2024/12/05

 
 対馬の海に沈む (集英社学芸単行本) Kindle版

田舎社会の闇、農協組織の闇

 2024年開高健ノンフィクション賞を受賞して以来、根強く話題となり続けているルポ。ノンフィクションというよりミステリー小説のそれを思わせる気迫がある。
 長崎の離島で起こったある農協職員の事故死。その職員は全国に名を轟かせた凄腕営業マンでもあった。そんな彼がなぜ死んだのか? その背景になにがあったのか? 「事実は小説よりも奇なり」という言葉もあるが、ページを繰るたびその言葉の信憑性と重さが読む者の心に迫ってくる。
 詳細は本書に譲るにしても、殊やり玉にあげられる農協組織の在り方についてだが、その構成はもちろん、どういう問題孕んでいてまたどうして必要とされているのか知らない人も多いと思う。実際その全体像を詳細に把握するのはかなり難しいと思うし、そもそも末端の農協はそれぞれ独自に運営されているのだから仕方がない。
 そんな複雑怪奇な組織の末端と、離島の田舎社会という組み合わせがこの渦中の事件をもたらしたといっても過言ではないし、結末に至っては一抹の衝撃を禁じ得ない。それは著者の緻密なまでの取材がもたらした賜物だが、一方でそれが故に著者の身に危険が及ぶのではないかと心配になるような場面もしばしば見受けられた。地方・離島・田舎という社会環境が対象であったからこそ余計に感じさせられる。

 さて、私も普段は一介の農家として、日々農協組織にはお世話になっている身の上だが、個人的な見解として、農協組織とは必要悪であるという持論がある。地方、特に山間やへき地と呼ばれる地域では農協がその地の社会生活の水準を維持しているといっても過言ではない。また生産者にしても、自分たちの代わりに集荷・配送・販売・宣伝といった諸々の雑事を一気に引き受けてくれるところでもある。とはいえそうした面において、農協という組織は基本的に赤字となる。だがそこを補填し黒字化させているのが、本書でも扱われている共済含めた金融部門だ。そしてその金融部門の大本たる農林中金は世界トップクラスの資金を運用している。誰かにとっては善きものであり、また誰かにとっては悪とも思える組織、それが農協であることは間違いない。

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