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【読書感想】網野善彦・宮田登『歴史の中で語られてこなかったこと おんな・子供・老人からの「日本史」』

2021年06月26日

 
 歴史の中で語られてこなかったこと おんな・子供・老人からの「日本史」
 網野善彦・宮田登
 出版社:朝日新聞出版
 発売日:2020/08/07

網野史観を読み直す名対談集

 宮崎駿監督作品『もののけ姫』は、いわゆる網野史観をベースにイメージを膨らませた作品であることは有名だ。
 本書は歴史学者・網野善彦氏と、長年交流のあった民俗学者・宮田登氏とが80~90年代にかけて行った対談集。
 二人とも鬼籍につかれて20年近くなるが、今なおこうして新装版が出されるあたり、お二人の歴史観・民俗史観の影響力の大きさが窺える。

 さて本書では、歴史学の問題点や民俗学の歴史学からの自立といった学界的な問題、農民・海民の解釈、養蚕と女性の関係、老人の役割など、歴史・民俗・人々の姿が縦横無尽に論じられている。特に従軍慰安婦問題についての議論では、われわれがいかに狭い視野で物事をとらえてしまっているかに気づかされる。多角的視点とは正にこのことと言わんばかりの内容の濃さだ。
 そしてその端々に、生前のお二人の生き様がにじみ出ているように感じられてならない。学界に対する苛立ちと寂寥感、あるいは後学に対する期待。……
 網野氏については論敵批判の快弁が止まらない。それを宮田氏がやんわりと受け返しているので、なんとも仲睦まじい夫婦漫談を聞いているような気がしてくる。

 しかし本書にはいくつか難点もある。
 まず先述の通り対談が行われたのが20年以上前なので、時事ネタとして若干の古さがあること。また本書で議論されている学術的な部分は専門性が高く、内容をしっかりと理解するには相当な知識量が必要となる。
 それと相俟って、生前の網野氏が歴史学界ではアウトロー的な扱いであったことや孤軍奮闘していたことなどを知らないと、氏のアグレッシブな主張や批判を鵜呑みにしてしまそうになる。歴史に詳しくない人が読んだら特にその危険性がある。
 歴史はそれを見る人の数だけあるものだ。氏の主張はあくまで氏が考える視点からの歴史に他ならない。斬新で魅力的で興味深いことは確かだが……。

 いずれにしても、お二人の歴史への眼差しと信条を感じられる良書である。そして内容的なハードルは高いが、歴史学・民俗学に関心を向けるきっかけとしては最良の本だ。
 
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 日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
 

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