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【読書感想】堀田善衛『定家明月記私抄』(ちくま学芸文庫)

2018年06月24日

 

 堀田善衛といえば名著『インドで考えたこと』(岩波新書)などで有名な戦後を代表する小説・評論家の一人だが、彼が学生時代から飽くことなく焦がれてつつも、戦火やその他の事情で引き離される運命にあった歌人・藤原定家の日記『明月記』との奮闘を描いた一冊。
 『明月記』は日本史などで学んだ人も多いと思うが、藤原定家が18歳の頃からその後およそ56年間にわたって書き継がれた日記で、平安末から鎌倉初期にかけての歌壇を研究する上で欠かすことのできない史料である。

 私自身、定家は私淑する歌人の一人なのだが、彼の詠んだ歌以上に藤原定家という人の持つ強烈な個性に引かれている節がある。この『明月記』にはそうした部分が、有識故実を重んじる他の公家による伝統的な日記の形態とはかけ離れて余りあるくらいに書き連ねられている。
 例えば他人の悪口。例えば実生活への不満。例えば行き場のない怒り。……
 総じてネガティブなものばかりなのだが、彼のひ弱にして神経質そうな肖像画の裏に見え隠れする激しい人間性は、波乱に満ちた時代背景と相俟ってその当時の世上の雰囲気を21世紀の現在にも届けてくれる。

 本書は堀田氏一流の愛憎相反する複雑な定家への思いを基盤に、『明月記』に記載されている事柄を時系列あるいは人物関係を通してつぶさに翻訳・解説・評価を与えてくれているもので、『明月記』に初めて触れる者にとっての入門書としては他の追随を許さない風格さえある。
 『明月記』の解説書としては古来よりいくつも例はあるものの、他の有名な古典に比して公家の日記という体裁柄、決して多いとはいえない。またそのほとんどはおよそ定家自身への人物評であったりするわけだが、本書の場合、著者が定家及び『明月記』への羨望を持している点、かなり主観ではあれ、定家の生涯を俯瞰した総体的な解説本と言える。
 とはいえ堀田氏の他の著作、殊評論の類にいくつか目を通したことのある読者なら、その独特なアイロニーに満ちた語り口が容易に想像できるかもしれない。私としては強烈な個性・藤原定家と対するにおいてふさわしい相手だと思うのだが、もちろん人によってはそれを嫌う気も感じられるだろう。しかし、『明月記』はそれほどまでにポテンシャルを高めておかないと到底読み通せない代物だ。堀田氏と定家との時代や文化を超越した格闘の戦歴が、本書の随所に記されている。それは時に、読む者に新たな挑戦状をたたきつけているかとも思える。本書には続編もあるが、その二冊を読み通した時、実はこの本が堀田対定家ではなく読者をも含めた三つ巴の戦いだったことに気づくだろう。


 
 定家明月記私抄 続篇


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